2016年08月01日

幸せなリタイア生活のイメージは人によってこんなに違う

ゆとり隊長さんのツイート
で存在を知った八野むさしさんのリタイアブログに、こんな記事がありました。
「君はさっきからグダグダ言っているが、結局、どうしたらいいんだい?」
そういう質問をぶつけられたら、私はこう答えるでしょう
とにかく最低限、電話でもいいので、人との交流を絶やさないということです
確かによく見聞きする話ではありますね、人との交流や会話が大事だというのは。ただ、どんな事にも言えることですけど、やっぱり本人の性格次第なんです。なので、この回答には「ただし外向的な性格の人に限る。」という条件を付けておきたいですね。

内向的な私に言わせれば、人との交流を絶やしても全く問題ありません。逆に、他人との関わりそれ自体がストレス源になるおそれがあり、無理に外向的に振る舞うよりも孤独でいる方が幸せになれるタイプだと確信しています。

イメージして下さい。昼は愛する恋人とデートをして、夜は同級生などと
飲み歩く毎日を送っていられるとしたら…
そして、それをずーっと続けられる財力があったとしたら…
それこそ「リタイア万歳!人生で今が一番幸せ」って言えるでしょう
ん〜。私ならどんなに財力があっても、こういう毎日を過ごすことは無いでしょう。幸せとはかけ離れた、むしろ苦行のような生活に見えますので…。

このように価値観の異なる人間の生活が奇異に映るのはお互い様でして、内向的な人が家に引きこもって毎日ひとりで黙々と読書やネットをしている姿を想像したら、外向的な人にとってはまさに
「無感情」で覇気がなく、気がつけば「廃人のような生活」を送っていて
のように見えてしまうことでしょう。感情が顔に出ないから無感情に見えるだけで、実際にそうしている本人は「リタイア万歳!人生で今が一番幸せ」って思っていたりするんですけどね。このギャップには驚くばかりです。

自ら、孤独の世界へ行ってはいけません
「いいさ、孤独でも」と今はうそぶけたとしても、何年か後には後悔することになるからです
これも「ただし外向的な性格の人に限る。」ですね。
内向的な私は自ら積極的に孤独の世界へやって来て既に8年ほど、とても幸せなリタイア生活を送っています。今後も後悔する予定はありません。


幸せなリタイアのイメージは十人十色です。早期リタイア予備軍の皆様におかれましては、多種多様なリタイアブログを参考しつつも決して鵜呑みにせず、自らの人生観、幸福観にきちんと向き合った上で判断することをお勧めします。

関連ツイート:
関連記事:
p.131  こうして、だんだんと、アルバイト以外の時間をほぼひとりで過ごすようになっ…
koutou-yumin.seesaa.net


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2016年07月26日

40年前のワリコーから学ぶインフレリスク

とよぴ〜さんのブログより。
このツイートは、自分が生まれた頃の金融広告なのですが、2016年現在のマイナス金利の時代と40年前の高金利時代とではこうも違うんだなぁ〜という感じです。※債権× 債券○「ちょっとこれ見て!」と夫が差し出した『アサヒグラフ』の裏面広告。おお、債権貯蓄、利率年7.388%!1976(昭和51)年。子ども育てられるわな‥‥。 pic.twitter.com/EizZae8ORH− sawako chimoto (@sawawasawa) 2016年7月19日...
toyop.net
アラフォーの自分にとって生まれた頃の金利は、リスク資産への投資をしなくても定期預金や保険商品の予定利率でも十分に高金利でしたし、現在の金利水準から見たら『羨ましい』の一言ですが、投資環境という面で見たら現在は40年前と比較して見違えるほどの進歩を感じます。
1976年に年利7.388%だったことが話題になっているワリコーですが、本当に「羨ましい」金融商品だったかどうかは名目金利だけではわかりません。

当時のインフレ率を調べてみたところ、1976年は9.4%だったようです。
参考記事:
www.office-onoduka.com

したがって、ワリコーの実質利回りはマイナス2.012%だったことになります。名目利回りに対して課税されることを考慮すればさらに酷い数字になります。平成に入ってからのデフレ時代の普通預金の方が、実質利回りは遥かに高いのが現実です。

さらに直前の3年間(1973〜1975年)のインフレ率が11.7%、23.2%、11.7%という高率で推移してきている点にも注目です。そんなインフレ全盛の時代に、わずか7%やそこらの固定金利の金融商品に手を出そうという人は、かなりの(インフレ)リスクテイカーに見えます。たとえ本人にその自覚が無かったとしても。

こういう時代であっても、いや、こういう高インフレ時代だからこそ、資産を株式で持つことの重要性は高かったんじゃないですかね。

関連記事:
竹本さんのブログより。ゼロ金利!親より貧しい老後生活にな…
koutou-yumin.seesaa.net
この記事にも書いたように、無リスク資産の名目金利がどんなに高くても結局インフレで相殺されてしまい、実質金利が0%を大きく上回ることはありません。(蛇足ながら、1974年のように0%を大きく下回ることは稀にあります)

しかも実質金利の高低は、名目金利の高低との相関が無いようです。したがって、より高い実質リターンを求めるなら、名目金利の高低に関わらずリスク資産への投資は必要になるでしょうし、より低い実質リターンでも構わないという人は、名目金利の高低に関わらずリスク資産への投資は必要無いでしょう。「無リスク資産の名目金利が高ければ高いほど、リスク資産へ投資する必要は無くなっていく」というような相関関係は存在しないと思います。

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2016年07月20日

ストレスフリーの生活

とれいCさんのツイートより。
この記事で取り上げられている「様々な生き方」の中に、私みたいな早期リタイアした人は含まれていませんでした。もっと認知してほしいとは思わないものの、少し複雑な気持ちになりました。

仕事が最大のストレス源だという人は少なくないと思うので、そういう人は早期リタイアすることによってストレスフリーの生活に向かって大きく前進することが期待できます。私の例だと、無職生活へ移行してから、ストレスを感じることはほぼ皆無になりました。あるかないかを問うならば、ストレスフリーの生活はある、が正解になるでしょう。

ただし、とれいCさんが指摘するように、ストレスの有無は環境面だけでなく性格に依存するところも大きいので、仕事から解放されたからと言って必ずしもストレスフリーになるとは限らないという点には注意が必要です。金銭面では、蓄えた資産の価値が下がったり、リスク資産で運用しなくても貯金が毎年少しずつ減っていくことにストレスを感じる人もいるでしょう。人付き合いの面では、会社という居場所が無くなって孤独感に苛まれる人もいるでしょう。そこは本人の性格次第なので、適性があるかどうかの見極めは必要だと思います。

関連記事:
ブログ開設6周年にコメント下さったretire2kさん、mushoku2006さん、mikeさんありがとうございます。 mikeさんのコメントに次のような質問がありましたので、お答えしたいと思います。 はじめまして。 ブログ楽しく読んでます。 以前はセミリタイアしてて、今は正社員してます。 セミリタイアしていた頃は自由でしたが、将来…
koutou-yumin.seesaa.net
リンク&トラックバック御礼。 資産が目減りする恐怖 - 一日不作一日不食より: 理性としては問題ないとは思っていますが、実際リタイア生活を始めて、資産が目減りするのを目の当たりにしたらどうなるかわかりません。遊民さんの「高等遊民の備忘録」で、「2013年末の資産残高推移」という記事がありましたが、2008年は-37.4%という減少幅を記…
koutou-yumin.seesaa.net


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2016年07月15日

民意を殺す政治、殺さない市場



分かります。
民主政治において多数決ベースで決まっていく物事というのは非常に大雑把で、民意の取りこぼしが大量に発生します。

私も先日似たような事をツイートしました。
少数派の需要を満たそうとする政治家は多数決で負けて落選する仕組みなので、需要があっても供給されることはありません。供給されるためには、その需要が多数派である必要があります。つまり、政治によって自分の需要を満たそうとする場合、他人に意見を変えさせてでもその需要を多数派にもっていかなければなりません。

自分は自分、他人は他人という考え方ではダメなので、無理矢理にでも他人を巻き込んで味方につけようと必死にならざるを得ません。この本質が、政治活動というものの醜さの根源だと思います。

まさに「勝てば官軍」の世界であり、多数派になりさえすれば政治を通じて様々な利益を受けられるのに、少数派には利益がないばかりか、多数派が欲しがるものを与えるための余分な税金まで奪われる始末。踏んだり蹴ったりとはこのことです。これほど強制的で不公平な仕組みが世の中にあるでしょうか。

対照的に、市場は何も強制しません。当事者同士の任意の取引があるだけです。そもそも市場で多数派になることに意味は無いので、他人を巻き込む必要がありません。政治よりも市場の方が自由で公平な仕組みであることは明らかです。

本来ならば、どうしても市場では解決できない事柄に限って、政治の出番があるはずなのです。それが今の日本ではどうでしょうか。何でもかんでも政治的対立に持ち込んで、選挙で敗者の屍の上に乗って勝利宣言すれば万事解決だ!みたいな、武闘派ばかりが幅をきかせています。ただでさえ政治に依存しすぎなのに、国民はもっと政治に関心を持てと煽りたてる行為は、その傾向に拍車をかけるだけでしょう。方向性としてはむしろ逆です。国民が普段は政治のことなど忘れていられるぐらいに、政治が関わる領域を極限まで縮小すべきなのです。

とは言うものの、縮小するという方向性自体も政治を通じて決定される決まりになっている以上、武闘派の皆さんが改心するまで止めるすべは無いように思います。
アニメ「風の谷のナウシカ」で、怒り狂ったオウムの群れを前に老婆が呟いた
「こうなっては、もうだれも止められないんじゃ」
というセリフを思い出しました。

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2016年07月08日

資産運用の王道は配当ではなくて…

cubさんのツイートより。
他の資産クラスと比較した株式の優位性については同意。ただ、なぜ「配当」限定なのかなと思った次第です。配当に限定せずに「株式こそ資産運用の王道」と呟いてくれたら全面同意だったのですが…。

で、私のコメント。


同じタイミングで菟道りんたろうさんのブログにこんな記事が。世間は配当ブームなんですかね…。
株式投資のリターンは
キャピタルゲイン+インカムゲインーコスト
のトータルで決まるもので、どの要素も等しく重要です。特に、キャピタルゲインとインカムゲインを区別するのは、(課税のタイミング以外には)合理的な理由は無いと思います。インカムゲインの方が定期的に特別な収入があるような気がして何となく嬉しいとか、あくまでも気分の問題じゃないかと。

インカムゲインである配当だけを特別視して資産運用の中心に据えることが王道だ!と言われると、どうも違和感がありますね。配当利回りとか関係なしに、広く分散された市場ポートフォリオで淡々とパッシブ運用することが、資産運用の王道だと思います。

関連記事:

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