2011年03月25日

『日本経済「余命3年」 <徹底討論>財政危機をどう乗り越えるか』 竹中 平蔵 (著), 池田 信夫 (著), 土居 丈朗 (著), 鈴木 亘 (著)



財政危機の現状分析と処方箋について、四者の対談をまとめた本です。

竹中 アルバート・アレシナは私のハーバード大学時代の同僚ですが、彼の提言は極めて明快です。彼は数百の財政再建事例を集め、成功した事例と失敗した事例には明らかに違いがあると述べています。歳出削減より先に税を上げたケースは、必ず失敗していると。これは政策上、非常に重要な示唆です。
歳出削減そっちのけで増税の議論が先行することに以前から違和感を持っていましたが、やはり収入を増やすよりもまずは支出を減らすことを先に実行すべきなのは、家計管理と同じだと思います。

土居 そこは財政状況について、もっと危機感を共有していただきたい。このままだと累積した債務の返済を最後に誰が負うかといった、ある種のばば抜きゲームのようになってしまいます。
なってしまうというか、既にそうなってますよね。実際、前世代から債務というババを引き受け、債務をさらに膨らませては次世代へ先送りするババ抜きゲームに強制参加させられています。最後にババを引き受ける世代がどの世代になるのかわかりませんが、いつかはゲームが終わるときが来るでしょう。

保育所の待機児童問題について。
池田 「待機」というと、現政権は「需要がたくさんあるから」と思っているようです。
鈴木 私は必ずしもそう思いません。たしかに過度な参入規制により参入者が少なく、需要が押し殺されている面もありますが、それ以上に価格が極めて低く設定されているため、必要以上に需要が増えている要素もあると思うのです。これは経済学の教科書に書かれている典型的な公定価格・価格規制の問題点です。
たとえば税金投入により高速道路が土日1000円になっただけで、それまで出かけなかった人たちがワラワラと道路に出てきて渋滞を作るのも、市場を歪めて必要以上に需要を増やしてしまった失敗例です。1000円にする以前から大都市圏では土日の高速道路は渋滞していたのですから、むしろ値上げしないといけなかったのです。

竹中 社会保障関係費もおっしゃるとおりで、政治的プロセスで全部歪められてしまいました。受益と負担が一体でなく、コスト感覚がないことを政治的に利用し、公費投入を増やすことで、政治のリーダーが国民に恩恵を与えるように錯覚させてきたのです。
たとえば公立保育所に乳児一人を預ける場合、実際にかかっている保育コストは年600万円ほどですが、ほとんどを公費で賄うため受益者である親の負担はたったの25万円程度でしかないことは、受益と負担が一体でない事例の一つです。(関連記事:『社会保障の「不都合な真実」』 鈴木 亘 (著)

投入される公費は受益者でない国民からも広く薄く集めたお金ですから、受益者にとってはできるだけ公費で賄ってくれたほうがありがたいし、そのような個別の政策を支持する合理性は確かにあります。しかし多くの国民がこのような考えで行動し、必要となる公費が際限なく肥大化した結果、現在の財政危機を招いたわけで、これは一種の合成の誤謬と言えるのかもしれません。

池田 ただ普通の国民にも官僚にも「価格で需要と供給を調整する」という経済学の感覚がなく、「貧しい人を国が援助する」という所得再配分のほうにばかり関心が向いています。保育所が典型で、納税額に応じて保育料が決まっています。
 このため、税金を払っていない商店街のおじさんが、安い保育料で優先的に子どもを保育園に入れ、その送り迎えをベンツでしている。結果的に最悪の不平等な分配が起こっているのに、制度としては貧しい人から優先的に入れる建前なので、料金で需給を調整するという考え方にならない。そのあたりから根本的に考えを正す必要があります。
その通りですね。日本の制度には所得再配分機能が過剰に含まれていると思います。
このベンツおじさんのように名目上の「貧しい人」すなわち低所得者でありさえすれば、税制だけでなく様々な社会福祉制度でも恩恵を受ける仕組みになっています。ベンツを経費で買って所得税を払っていない自営業者は、おそらく国民年金も国民健康保険も減免されているはずです。究極の貧しい人である生活保護受給者になれば、タダ同然で公営住宅に住めたり、医療費が無料になったりします。これほど(名目上の)貧しい人に優しい国も珍しいと思います。

逆に、高所得者すなわち名目上「豊かな人」と認定されてしまうと、高率の所得税を持って行かれる上に、社会福祉制度でもとことん冷遇されます。常に二重三重の負担を強いられる仕組みになっています。最近、年収1500万円あたりの高所得者を狙い撃ちにした所得税増税の話があったように、この国では貧乏くじを引かされるのはいつも高所得者です。

もう所得再配分機能は税制一本に集約(場合によっては負の所得税も導入)した上で、公的サービスの低所得者優遇は廃止して同一料金にするのが、シンプルで良いと思うのですが。もちろんその料金は需給によって決まります。

竹中 幸せと経済の関係は、今後とも難しい問題だと思います。とくに幸せかどうかは、相対的なものです。アンケート調査で日本が下位のほうでも、それは日本人がシニカルに考えるからで、客観的にはどう見ても日本人のほうが幸せに見えるケースもあります。
そう考えると社会や国家は、「幸せ」という概念について立ち入らないほうがいいと思うのです。
そうですね。
人は絶対的な幸福の度合いではなく、今を基準にして相対的な幸福度の変化を意識する癖があるように思います。
日々の幸せが当たり前になると、そこを基準にしてより良くなったか悪くなったか考えてしまうので、客観的には既に相当高いレベルに達していても、それ以上良い方向に変化したと実感することが少なくなり、幸福を感じにくくなるのではないかと。

今どれだけ高い場所にいるか意識することもなく、もっと上に行きたいのに行けないと嘆いているのが、日本人の「不幸」の正体かもしれません。

参考記事:
池田信夫 blog : 日本経済「余命3年」 財政危機をいかに乗り越えるか - ライブドアブログ
活かす読書 日本経済「余命3年」
金融日記:日本経済「余命3年」 <徹底討論>財政危機をどう乗り越えるか、竹中 平蔵、池田信夫、土居丈朗、鈴木亘

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2011年03月19日

『人生に失敗する18の錯覚 行動経済学から学ぶ想像力の正しい使い方』 加藤 英明 (著), 岡田 克彦 (著) その3



昨日の記事の続きです。

時間割引率の罠のところに出てきた、2歳〜4歳の子供を被験者にした「マシュマロ実験」の話がとても面白いです。

目の前にある1個のマシュマロを今すぐ食べてしまうか、しばらく待ってマシュマロをもう1個手に入れるかの選択肢を与えられた子供たち。生まれつき時間割引率の高い子供は、すぐに食べられない未来のマシュマロの価値を低く評価するので前者を選択し、時間割引率の低い子供は後者を選択します。

これだけだと何の意味があるのかわからない実験ですが、面白いのは彼らの二十数年後を追跡調査していること。
時間割引率の高い子供は、将来において、収入も低く、家庭生活も充実していないのです。時間割引率の低い子供と高い子供を比較すると、収入、社会的地位、家庭生活のすべての面において、明らかに前者が優っているということなのです。
ここからひとつの結論が導けます。人生において成功するためには、時間割引率が低くないといけないのです。つまり、将来の楽しみのために、現在我慢するという態度がとても重要だということです。
それだけでなく、この実験結果は、我々が持っている時間割引率の違いは先天的なもので、後天的に修正されることは少ないことも示しているように思います。生まれつき我慢強い性格の人は、親が与えてくれた遺伝子に感謝しましょう。


競馬が大好きなYさんという友人に、累計では競馬をやって儲かっているか聞くと、こう言います。
「そういうことを考えながらやっているのではない。僕は馬が好きなんだよ。それに、ハイリスク・ハイリターンが博打というものだからね。そのうちドーンと返ってくるよ。実はね、絶対勝つ方法を見つけたんだ……」
この言葉の中にはいろいろな種類のバイアスや錯覚が含まれています。
×ハイリスク・ハイリターン
○ハイリスク・マイナスリターン

馬が好きだからやっているというのは「後悔回避」バイアスで、損失を正当化するための言い訳です。

必勝法を見つけたというのは「ギャンブラーの誤り」:
何か決まったパターンがあるかのように錯覚しているだけなのです。


本物のハイリスク・ハイリターンとは、リスクに見合ったプラスの期待値をもつプラスサムゲームのことです。ゼロサムゲームの代表とも言えるFXは、どんなにレバレッジをかけてハイリスクにしても、決してハイリターンにはなりません。
世の中にある投資で、先に示したようなプラスサムの投資は本当に少ないのです。株式投資は、そのような世知辛き世の中に、唯一プラスサムを約束してくれる投資なわけですから、正しく理解し、正しく対峙してほしいと願います。
投資対象がプラスサムかどうかに着目することは確かに重要なポイントですが、株式投資がプラスサムを「約束」はちょっと言い過ぎかもしれません。

人間は、あるがままの自然現象をあるがままに認識するのがとても苦手なようです。自分に都合のよい解釈をしてしまい、勝手な理屈を考えて、そこに多額の資金を投じてしまうのですから。
(中略)
あるがままに認識できない人間は、プラスサムゲームの株式市場でも、余計なことをやってしまって、せっかくのプラスサムを台なしにしている人が多いようです。
(中略)
相場で一儲けしてやろうと、先行きの予想などしながら無駄な売買をするのはやめてください。多くの学者が株式市場を検証し、その動きがランダムであることは既に証明されています。
(中略)
株式市場に対峙するには、株式市場が構造的にプラスサムゲームだということを認識し、資産運用を株式市場で行うと決めたら、余分な売買は繰り返さないことです。
インデックス投資家にとっては釈迦に説法でしょうが、人間が陥りやすい様々な錯覚について学んだ後に読むと、より一層の説得力がありました。

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2011年03月18日

『人生に失敗する18の錯覚 行動経済学から学ぶ想像力の正しい使い方』 加藤 英明 (著), 岡田 克彦 (著) その2



昨日の記事の続きです。

サブプライムローン問題に端を発した金融危機を契機に、市場に任せることをやめ、国による統制を強めるべきだという意見がよく聞かれます。国というものが神のような存在で、市場の欠陥をすべて解決してくれるとすれば大歓迎ですが、残念ながら国も市場や企業と同じく強欲で、非合理な人間によって運営されていることを忘れてはいけません。
 頭のいい人達がやっているから大丈夫ですって? 頭のいい人ほど、より巧妙にその強欲さを隠しながら、自分たちの利益を追求するものです。
(中略)
お役人たちはわれわれの税金を無駄に遣い、とても公僕とはいえないような生態をさらけだしています。今や国は我々の生活を脅かす、信頼できない存在になってしまったといってもよいでしょう。
その通りだと思います。
政府の失敗でよくあるのが、公共事業などにおける「埋没費用の罠」(サンクコスト効果)を利用した事例です。
最近の例でいえば、「かんぽの宿問題」。毎年、50億円の赤字を垂れ流すかんぽの宿の価値は、たとえ1兆円を使って建てられたものであっても、ゼロに限りなく近いかもしれません。それを入札で売却しようとした日本郵政に対して、オリックスグループが約109億円で落札したところ、鳩山邦夫元総務大臣が横ヤリを入れたという問題です。
このニュースが流れたとき、国民の税金で建てた不動産を二束三文で買い叩くオリックスはけしからん企業で、それを阻止した鳩山邦夫は国民のヒーローだと感じた人は、見事に埋没費用の罠にハマっています。
既に使ったお金は現在の価値とは無縁な埋没費用(sunk cost、サンクコスト)であることは、経済学のイロハです。
(中略)
かんぽの宿にどれだけのコストをかけていたとしても、それは現在の価値とはまったく無関係ですから、1兆円が100億円になってもなんら不思議はないのです。
毎年50億円もの赤字を我々の税金から払わなくて済むのだったら、たとえタダでも貰ってくれる企業がいればありがたい話です。そんなものに109億円もの値段をつけてくれたオリックスグループの方こそ、国民のヒーローです。逆に国民に大きな損害を与えた鳩山邦夫の行いは、ほとんど犯罪に近いと思います。
残念なことに民主党政権になって、かんぽの宿は売却しないことで赤字を温存する決定がなされてしまいました。入札の問題かどうか結局わからないまま、国民の負担だけが増えていくことになります。
まったくとんでもない話です。
市場で解決できることにいちいち政府が介入すると、こういう訳のわからない結果になるという悪い見本ですね。

参考記事: 金融日記:かんぽの宿は鳩山邦夫総務相に買ってもらうのはどうだろうか?

(続く?)

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2011年03月17日

『人生に失敗する18の錯覚 行動経済学から学ぶ想像力の正しい使い方』 加藤 英明 (著), 岡田 克彦 (著)



人生に失敗する18の錯覚 行動経済学から学ぶ想像力の正しい使い方: 投資ねばねば日記で紹介されていたのがきっかけで読んでみた本です。

行動経済学の話がメインですが、資産運用や幸福論まで幅広く、要点が分かりやすくまとめられた良書だと思います。

消費者の購買に関する研究によれば、外税表示から内税表示に変更したことにより、売り上げが顕著に減少したことが報告されています。表示されていない税金は、たとえ支払ったとしても実感がないのでしょうか。
消費税を可視化しただけで高くなったと錯覚してしまうようですね。少しでも安く見せたい小売店にとっては外税表示のほうがありがたいわけです。
逆に、サラリーマンの給料は内税表示なので手取りの安さ(=税金や社会保険料の高さ)がわかりにくくなっており、徴税者や雇用者にとっては都合がいいのです。

デフレはなぜ楽しくないか
さて、あなたならどちらの案を呑みますか?
A案 インフレ率15パーセントで、10パーセントの賃上げ
B案 インフレ率0パーセントで、5パーセントの賃下げ
経済学的にはどちらも同じですが、A案を選択する人が圧倒的に多いのはどうしてでしょうか。
これ、B案が3パーセントの賃下げでもまだ、A案を選んでしまう人がいるような気がします。
毎年、2パーセントぐらい物価が下落していたときに、毎年1パーセントの賃下げがあったとしましょう。これは喜ぶべきことです。なぜ、賃下げを喜べるのか。もちろん、喜べます! 実質的には、1パーセントの賃上げだからです。
これを喜べない人がいるとすれば、
実質ベースではなく、名目ベースで考えるからなのです。
誤った選択をしないためには、常に実質ベースで考える癖をつけておいたほうが良いでしょう。

株主優待を喜ぶのは大間違い
 一万円札を右のポケットから左のポケットに移し変えたとして、あなたは儲けた!と思うでしょうか。思いませんね。
株主優待はこれと同じことをしているだけです。
配当についても同様で、
 配当が大好きで、配当をもらったらそのお金でアクセサリーを買いたいなどという女性の投資家もいます。株価は当てにならないけど、配当は確実だから本当にありがたいので、なるべく配当の高い企業の株を買うということでした。しかし、待ってください。配当が支払われるということは、利益からその配当分を支払っているのですよ。
 株主優待と同じ現象ですね。自分のポケットからお金を移し変えているだけなのに、妙に嬉しくさせられる魔法の言葉「株主優待」にご用心!
配当の場合は、お金を右から左に移し変えただけで税金取られて目減りするというオマケ付きですから、株主優待の方がマシかもしれません。

この女性投資家のように、配当や利息などのインカムゲインを「特別な収入」と錯覚し、そのお金で普段買わないような物を買ってしまうのは、心の会計(メンタルアカウンティング)の典型ですね。

損失回避バイアスの典型として、
利の乗った銘柄はすぐに売ってしまって利益を確定したがるのに対し、含み損の銘柄は「いつか必ず戻る」と思い込み、買値と同じ値段まで戻ってきたら売ろうと考えてしまう人は多いことでしょう。
という話が出てきます。確かに含み益か含み損かよって売るかどうかの判断がブレるのは不合理ですが、だからといって、
投資に関しては、「一に損切り、二に損切り、三、四がなくて五に損切り」を実践していただきたいと、自戒も込めてお伝えしたいと思います。
いわゆる「損切り」という行動が合理的なわけでもないことは、「損切り」の不合理 に書いた通りです。

(続く?)

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2011年03月11日

『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘 玲 (著) その2



昨日の記事の続きです。

「日本人はアメリカ人よりも個人主義?」というテーマで、次のような面白い実験が紹介されています。
日本人とアメリカ人の学生がそれぞれ三人一組で参加する。彼らは無意味な単純作業を行ない、チームの三人の合計得点に応じて報酬が平等に分けられる。作業は隔離された小部屋で行なわれ、ほかのチームのメンバーからは、自分が真面目にやっているかさぼっているか知られることはない。
 こうした条件でもっとも合理的な行動は、自分だけがさぼって残りの二人に働いてもらうことだ。その一方で、真面目にやってもその努力はほかの二人にも分配されてしまうから、「正直者がバカを見る」ことになる。
 そこで実験では、グループから離れ、一人で作業できる選択肢が与えられた。その場合、次のふたつの条件が設定された。

@低コスト条件:参加者は、いかなるペナルティもなくチームから離れることが許された。
A高コスト条件:チームから離れる場合は、受け取る報酬が半額に減らされた。

 低コスト条件では、自分が「バカを見ている」とわかれば、アメリカ人も日本人もさっさとチームから離れていく。考えるまでもなく、これは当たり前だ。
 一方、高コスト条件では、「バカを見ている」とわかっても、チームを離脱すればいまよりも少ない報酬しか受け取れない。癪に障るが、そのまま搾取される方が合理的な選択なのだ。
 このジレンマに直面して、アメリカ人の学生は20回の作業のうち平均1回しか離脱しなかった。それに対して日本人の学生は、損をするとわかっているにもかかわらず、ほぼ8回の作業でチームを離れた。
 この実験も、日本人とアメリカ人の次のような顕著なちがいを明らかにしている。

 日本人はアメリカ人よりも一匹狼的な行動をとる。
興味深い実験結果ですが、この結論はちょっと違うような気がしました。
アメリカ人は「バカを見ている」という癪に障る状況を我慢してでも経済的に得をすることを選ぶ傾向があるのに対して、日本人は経済合理的に行動するよりも、余分なコストを払ってでも怠け者にペナルティを与えることを好む傾向があることを示しているように思います。

日米の比較では第4章でも「日本人は会社が大嫌いだった」と題して、アメリカ人よりも会社が嫌いな日本人という意外な調査結果が印象に残りました。この調査結果については、次の記事でも読むことができます。
日本人はなぜ自殺するのか? | 橘玲 公式サイト
さまざまな不平不満を抱えながらも会社にしがみついているのは、バブル最盛期も現在も変わらない日本人サラリーマンの平均像だったのです。

第3章「こころを操る方法」では、ロバート・チャルディーニの「影響力の武器」について、橘氏のハワイでの体験に基づいて紹介されていました。
たとえば「返報性の掟」とは、
「なにかしてもらったらお返しをしなくてはいけない」という人間社会に普遍的な規則・習慣
ですが、このような人間の習性を巧みに利用したマーケティング手法は、驚くほどの成果を上げているようです。消費者としては売り手の罠にハマらないようにしたいものです。
今までに読んだ行動経済学の本には書かれていなかった内容なので、チャルディーニの本を読んでもっと深く知りたくなりました。

宝くじネタも出てきます。
交通事故で死ぬ確率は宝くじの一等に当たる確率の40倍だそうです。ということは、
宝くじを買うひとは、100万分の1の出来事が自分に起こると信じている。だったら、その40倍も確率の高い出来事はもっと強く信じるはずだ。すなわち宝くじに賭けようとするひとは、交通事故で死ぬことを恐れて外出できない……。
たしかに確率を正しく評価すればそうなるはずですよね。宝くじが欲しければ誰かに買ってきてもらうしかありません。
 それでも宝くじ売り場に列をなすのは、ひとが確率を正しく評価できないからだ。認知の歪みによって、よいこと(宝くじに当たって億万長者になる)の確率は大きく、悪いこと(車に轢かれて死んでしまう)の確率は小さく評価されるのだ。
昨日の記事によれば人類はみな心配性のはずでしたが、都合の良いときだけ底抜けの楽天家に変身する不思議な習性も持ち合わせているようです。
この認知の歪みこそが「自分は特別」という妄想を生み出し、うまい儲け話に騙されてしまう元凶だということを覚えておきましょう。

豊かな社会ではお金よりも評判のほうがずっと魅力的になる。
お金は、量が増えるにしたがって魅力がなくなっていく。
(中略)
それに対して評判は、麻薬と同じで、いったん手にしたらもっと欲しくなる(限界効用が逓増する)。それに貯金とちがって、放っておくと時間とともに失われてしまう。お金よりもずっと貴重な資源なのだ。
 この評判のことを、哲学者のヘーゲルは「他者の承認」といった。ひとは常に他者の承認を求めて生きている。誰からも認められなければ、どれほどお金があってもぜんぜん幸福ではないのだ。
なるほど。たとえば十分なお金があっても働き続けるのは、他者の承認を獲得、維持するためと考えられますね。
私のように働くのはお金のためと割り切っていて承認欲求が低い人ほど、早期リタイアに向かいやすいと言えそうです。
ぼくたちが他者の評価(承認)を求めるのは、幸福がそこにしかないからだ。
これはちょっと言い過ぎのような…。
評判を獲得すると気持ちいいのは確かですけど、それはあくまでもオプショナルな幸福であって、それが手に入らないと幸福になれないというほどのものではないでしょう。

参考記事:
活かす読書 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
あつまろのこだわり資産運用 : 金持ち父さんが残酷な世界で生き延びる
橘玲さん、残酷な世界は結局、残酷なのでは? | ホンネの資産運用セミナー
書評: 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 - 橘玲 - Future Insight
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 ノマドライフ2.0  年収300万円からの資産形成/ウェブリブログ
404 Blog Not Found:To Live is to hack your own life. - 書評 - 残酷な世界を生き延びるたった一つの方法
橘玲「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」は読む価値あり!の一冊 - 内藤忍の公式ブログ SHINOBY'S WORLD
金融日記:残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法、橘玲

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2011年03月10日

『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘 玲 (著) その1



序章で、私も先月読んだばかりの『勝間さん、努力で幸せになれますか』などに見られる勝間vs香山のバトルについて、
勝間×香山論争は、それだけを読んでもじつはあまり面白くない。二人の議論がほとんど噛み合っていないからだ。しかしその背後には、能力主義やグローバル資本主義や市場経済における自由と平等といったきわめて現代的なテーマが隠されている。
と述べています。
噛み合っていないのはすぐにわかりましたが、背後にそんな重要なテーマが隠されていたとは気付きませんでした。
勝間の主張は、香山の批判を受けて自ら書いた本の題名に端的に表れている。

 やればできる。

だが行動遺伝学は、次のようにいう。

 やってもできない。

 もうちょっと正確にいうと、適性に欠けた能力は学習や訓練では向上しない。「やればできる」ことはあるかもしれないけど、「やってもできない」ことのほうがずっと多いのだ。
 こちらが正しければ、努力に意味はない。やってもできないのに努力することは、たんなる時間の無駄ではなく、ほとんどの場合は有害だ。
日本人は学校教育などで、結果が出るかどうかにかかわらず、とにかく努力すること自体に価値があるという「努力至上主義」を刷り込まれてしまった人が多いように思います。大人になってからも、「とりあえず精一杯やってみて、それでもダメなら仕方がない」みたいなことを言う人をたくさん見てきました。

だけど、努力のコストはタダじゃないんですよね。適性も見極めずに闇雲にチャレンジして、何も結果が残らないというのは、有限な時間やお金をドブに捨てているに等しいのではないでしょうか。

 一流企業に入社できれば、二十代の若者でも数億円の人的資本を持つことになる。こんな大金、ほかの手段ではとうてい手に入らないから、彼/彼女にとって経済合理的な選択肢はたったひとつしかない。なにがあっても会社にしがみつくことだ――実際、ほとんどのサラリーマンがこうした合理的行動をしている。
橘ファンにはおなじみの「サラリーマン債券」というやつです。
人的資本を債券と同等とみなす考え方に異議があることは、「サラリーマン債券」は債券ではないで述べた通りです。

定年まで会社にしがみつくことが唯一の合理的選択というのも、かなり無理のある結論に見えます。場合によっては、定年より早く時間の切り売りをやめるという選択が合理的なこともあるでしょう。

私たちの祖先は肉食獣の格好のエサだった。だからこそ不安は、ひとのこころの奥深くに宿痾のように巣食っている。核戦争や環境破壊や日本国破産などぼくたちはいつも未来の厄災に怯えているが、それは「現代社会の病理」などではなく、何億年もの進化の過程で最適化されたこころの必然なのだ。
楽天家の原始人も存在したのかもしれませんが、そういう性格だと肉食獣の餌食になりやすいため淘汰されたというわけです。

先天的に人類はみな心配性なんですね。
ところが肉食獣の脅威がなくなり、さまざまな危険の度合いを客観的に知ることができる現代においては、不安は逆に正しい判断を妨げてしまうことがあるので注意が必要です。
関連記事: 『リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理』

長くなりそうなので記事を分けます。

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