2014年03月23日

『どうせ死ぬなら「がん」がいい』 近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著) その2



『どうせ死ぬなら「がん」がいい』 近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著) その1の続きです。

近藤 ぼくが本を書いてきたのは「みんなに知らせたい」というより、誰かが、がんの治療について正しいことを知りたいと思ったときに、情報が欠けてると困るだろうから、選択肢のひとつとして知るチャンスがあるようにしたいと思ったんです。
本書でもそのような意図を十分に感じることができ、多くの日本人に欠けているであろう情報のピースが詰まっています。

近藤 いままではたいていの日本人に「命の長さが絶対」という思い込みがあったし、医者の方も「家族に一生懸命やってるところを最期だけでも見せなきゃ」というのがあったんですよね。夜中に容体がおかしくなると「家族は死に目に立ち会うべきだ」という通念があるから、医者が「お〜い家族はまだか」と言いながら、死んでるのに形だけでも心臓マッサージを続けるとか。
中村 そうそう。「死に目に立ち合わせたい人がひとり到着してない。なんとかなりませんか」とか。患者さんもよく「みんなに囲まれて死にたい」と口にしますし。だから、死んでいく人間を無用に苦しめて随分痛めつけましたよ。家族には、とても感謝されましたけれど。
このあたり、医療現場の本音と建前のギャップが伝わってきてとても興味深いです。医師という立場上は書きにくいはずの本音の部分がズバズバと書かれています。

中村 家族としてはつらくても、本人が死ぬべきときにきちんと死なせてあげるのが、本当の愛情でしょう。本人と話ができるならともかく、虫の息の状態を引き延ばすなんて、視点を変えれば「鬼のような家族」でもあるわけです。
まさにその通りで、私も両親の臨終の際には鬼のような家族にならないように気を付けたいと思います。

中村 ほとんどの日本人が医療については思考停止状態で、「病気のことはなにもわからない」と医者に命をあずけてるから、聞きたいことも聞けないですしね。
 介護するときも、病人が苦しもうがなにしようが「生かすことはいいことだ」って生活の質まで考えてない。
医者自身が思っている医者の存在価値はまず第一に病気を治すことですから、医者に判断を丸投げしてしまえば、かなり絶望的な状況でもQoLは二の次で治療を薦められるのではないかという不安がありますね。

著者たちのように、治療で期待できるメリットと失われるQoLを冷静に比較衡量して、時には「放置しましょう」という判断ができる医者に出会いたいものです。そういう医者が増えるためには、患者やその家族が「医者が匙を投げること」に対してもっと理解を示さないとダメだろうなと思います。

中村 いまの健康保険制度は、なだらかな改革では追いつきませんからね。もう若い世代が支えきれないから一気につぶれるでしょう。そしたら今度は、いままでと同じようにはいかなくなる。年寄りがちょっと具合が悪いと病院に行く、弱ったら病院に行くっていうのが難しくなってきますよ。
本来、医療のコストはそんなに安いものじゃないのに、国民皆保険制度、しかも高齢者ほど優遇される仕組みのせいで異常に安く見えてしまってますからね。そんな美味しい健康保険制度なら、本来もっと保険料を高くしないと大赤字になって即座につぶれるはずですが、そこは日本国伝家の宝刀「国庫負担」によって無理やり帳尻を合わせているわけです。

近藤 ぼくはもう、特にやりたいこともないから、なんでもいいですね。前にも言ったように、早くお迎えが来ないかなあと思ってる方ですから。長く生きることに価値はないです。寿命は70歳ぐらいでいいですよ。
近藤先生は1948年生まれなので現在65〜66歳。私もそれぐらいまで生きて、こういうセリフが言えるようになるのが一つの目標です。でも70歳になったらなったで、もうあと5年、生きられたらいいなとか言ってるかもしれませんけどね。
「長く生きることに価値はない」という言葉には「QoLが伴っていなければ」という条件付きで同意します。

そして2人は、異なった道を歩んできたものの、同じ結論に達しています。
がんで自然に死ぬのは苦しくなくて、むしろラク。がん死が痛い、苦しいと思われているのは、実は治療を受けたためである、という結論です。そして、検診等でがんを無理やり見つけださなければ、逆に長生きできるとも。
今まで常識だと思い込んでいたことと余りに正反対なので、にわかには信じがたいと思います。私もこの結論を100%鵜呑みにするつもりはありません。
この結論がすべてのケースに当てはまるのではなく、(今のところはどの程度の確率なのかわからないけど)そうなることもあるのだな、という認識に留めておいて、もし自分や家族に何かあったとき治療をするのか否かなどの重要な判断をする際に、自分の頭で考えるための材料にできればいいと思います。

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2014年03月19日

『どうせ死ぬなら「がん」がいい』 近藤 誠 (著), 中村 仁一 (著) その1



近藤 検診によるがんの早期発見は、患者にとって全く意味がないです。それどころか、必要のない手術で臓器を傷つけたり取ってしまうことで身体に負担を与えますから、命を縮めます。
「全く意味がない」はさすがに極論かなと思いますけど、がんは早期発見さえできれば助かるという刷り込みから解放されるには、これぐらいのことを言う医師がいたほうがいいのかもしれません。

中村 これまで、70歳前後の有名人が何人も、よせばいいのに人間ドックを受けたためにがんが見つかり、目いっぱいの血みどろの闘いを挑んだ末に、玉砕して果ててますよね。
がんと闘うという賭けに出て負けたのは結果論でしかないので、どんな場合でも賭けに出るべきじゃないとは言えませんが、相当に不利な賭けだなという印象を受けますね。

一般人よりも充実した人生を送ってきたはずの有名人でさえ、それぐらいの歳になってもまだQoLを犠牲にしてまで余命を延長する賭けに出るのが不思議でしょうがないです。もし私が70歳でこんな悪あがきをしたくなるほどこの世に未練があるのだとしたら、残念ながら私の人生は失敗だったということになります。

近藤 がんには、見た目は同じでも「早い段階でさまざまな臓器に転移し、命を奪う本物のがん」と「転移しない、命にも支障のないがんもどき」があります。
(中略)つまり本物のがんは、早い段階で多数の臓器に転移している。だから、検診で見つかってから標準治療(外科手術、放射線、抗がん剤)をしても治りません。
これが検診無意味の理由です。
ここも「治りません」は極論で、中には治るケースもあるでしょう。
しかし私は結果がどうなるかよりも、がんの標準治療はどれもQoLを著しく下げるということが大問題だと思います。このトレードオフを勘案せずに治療を選択する愚だけは避けたいところです。

ひとつ覚えておくといいのは「痛い、苦しい」など、日常生活で不便を感じる症状がなく、検査や人間ドックや会社の検診などで見つかるがんはほとんど、がんもどきだということです。
がんもどきであれば放っておいても命に支障はないので、結局、会社員時代に毎年受けていた健康診断っていったい何だったんだろうということになりますね。

近藤 CT装置(人体にエックス線をあて、輪切り画像をコンピュータ上に展開する装置)の台数は、日本がダンゼン世界のトップ。CT検査による被ばく線量も、検査が原因の発がん死亡率も世界一です。
(中略)
日本で行われているCT検査の8〜9割は、必要のないものです。
このように検査が原因で死亡するリスクもあるのですが、ほとんど認知されていませんね。がんが怖いというイメージは必要以上に刷り込まれてますけど。

中村 日本人は「後期高齢者」と呼ばれるのをイヤがるように、老いや病から目をそむけて、その先にある「死」を異常なものとして、見ないように、考えないようにしている。
 検診も「がんと言われたらこうしよう」じゃなくて、とりあえず健康証明がほしいからいろいろ受けている。「生きる」ことしか考えていない年寄りが多いです。
やれやれ。いくつになっても生に執着するのが人間の性なんでしょうかね〜。

近藤 みんな「老化だから仕方ない」と言われたくなくて、「病気だからこうしたらいいですよ」と言ってほしい。年を取ったら、腰が痛い、肩が痛い、足が痛いっていうのは当たり前で、それを全部よくしてくれって望むから、変なことになる。
中村 年のせいっていうのを認めたがらないですよね。医者のところまで来て「年のせい」と言われたくない(笑)。「そんなことはわかってる」「わかってるなら来るな」ってケンカになっちゃいますから。
やっぱり病院は、ホイホイ行くところじゃないですよ。みんな、どんな病気で来てるかわからないんだから、軽い病気で行って、重い病気をおみやげにもらって帰ることって十分あるから。本来“いのちがけ”で行くところなんですよ。
老いるということは、こういうことなんですね。
老化は20代から既に始まっているとはいえ、実際に老いを顕著に感じ始めるのは老眼、頭髪の変化、肌のシワ、体力の衰え、が着実に進行する40代あたりになるのではないでしょうか。私が今まさにそれらを実感しています。これが老化というものか! みたいな(苦笑)。
この老化の延長線上に今の老人たちがいるのかと思うと、彼らの悩み、苦しみは十分想像できます。今の私でさえ、これ以上小さい文字が読めなくなるなんて、これ以上階段登りがしんどくなるなんて、これ以上髪の毛が(以下略 etc.
ちょっと信じたくない、こんな老いた姿は自分ではない、と思いたくなりますからね。

気持ちは分かるのですが、その感情の赴くままに振る舞い、医者にないものねだりをする老人は正直言って醜いし、そういう老い方だけはしたくない反面教師だなと思います。

(つづく)

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2014年03月08日

超不安定で将来が不透明な収入

金融資産で生活してブログで小遣いを稼いで遊んで暮らす | SOUTAi 40代で早期退職よりネタを拝借。

支出を生活費と小遣いに分けて考えるのは「心の会計」の典型のような気もしますが…。それはさておき、
アドセンスやアフィリエイトの収入は「超不安定」で「将来性が不透明」なので依存するのは危険。「収入」というよりは「贈り物(プレゼント)」と思っておいた方がいい。
これって私が将来の年金収入に対して思っていることとまったく同じだったりします。

「○月○日から単価を半額にします」
「突然ですが、サービスを停止します」
と言われたら、それで終わり。
これもぴったり当てはまりすぎです。
もし年金がこうなったら笑えない人も多いでしょうけど、そういう笑えない状況に陥らないためにも、国の制度に依存するリスクをできるだけ下げておく必要があると思います。

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2014年03月01日

資産が目減りする恐怖との付き合い方

リンク&トラックバック御礼。
資産が目減りする恐怖 - 一日不作一日不食より:
理性としては問題ないとは思っていますが、実際リタイア生活を始めて、資産が目減りするのを目の当たりにしたらどうなるかわかりません。遊民さんの「高等遊民の備忘録」で、「2013年末の資産残高推移」という記事がありましたが、2008年は-37.4%という減少幅を記録していました。
このときは正直言って恐怖でした。(関連記事: ストックが減る恐怖
あの頃は100年に一度の暴落に対して免疫があるはずもなく、リタイアしてわずか1年余りというタイミングも最悪で、「えっ? たった1年でもうこんなに減ってしまったのか… がびーん!」 みたいな衝撃がありました。これだけの資産を失うのにかかった時間の短さと、この先の人生の時間の長さをどうしても見比べてしまったわけです。もしこんなペースで資産が減ったら人生オワタ、じゃないかと。

でも冷静に考えたら見るべきポイントは過去に失ったお金ではなくて、その時点で残っている資産額と残りの人生で必要になるコストだけでよいはず。「損切り」の不合理で引用した通り、
投資判断てのは常に、未来に向かってすべきものだ。それ以外にあり得るわけがない。
のです。
株が下がった、資産が減ったというのは過去の情報でしかないため、その恐怖に煽られて今まで継続してきた資産運用の方針を見直すなんてことは、長期投資家が最もやってはいけないことだと思います。

怖いから、不安だから○○するという行動パターンは、合理的でないことがよくあります。これが人間の脳に宿る不思議な習性の一つであることを、主にこの本から学びました。
『リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理』

恐怖を感じるなというのは生理現象を我慢しろと言っているようなもので、そもそも無理なことですから、恐怖は大いに感じていいのです。ただ、直感的に恐怖や不安を感じた時は、感情のままに動くのではなく、システム・ツーを起動してシステム・ワンの衝動をコントロールしなければなりません。感情と行動を直結しないことが重要です。

私はこのようにして恐怖や不安という感情と上手く付き合っているつもりです。リーマン・ショックというワクチンを注射されたときは痛かったけど、そのおかげで強力な免疫ができたので、今後の暴落で感じる恐怖も和らぐことでしょう。

それでも不安とうまく付き合えない人が少しは気が楽になる考え方としては、成為さんのように
いざとなれば働けば良い話です。
というオプションを留保するのもアリでしょう。
当ブログにおける早期リタイアの趣旨は人生後半の貴重な時間の切り売りをやめるということなので、そのオプションの選択は本当に最終手段となります。その前に、期待される人生の残り時間に対して資産が足りないことが予測できた時点で、まずは生活コストをカットすればいいと考えています。ただでさえ節約生活なのにこれ以上は下げられない? それが頭が硬い人の思い込みに過ぎないことを、私はこの本から学びました。
『Bライフ―10万円で家を建てて生活する』 高村 友也 (著)
日本製の超高級家屋に住んでいる人が何を言っているんだと笑われてしまいます。

小屋暮らしがダメなら外こもりもあります。地方や海外へ移住したっていいでしょう。
頭は柔らかく、背負う荷物は少なく、気楽にいきましょう。

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