2014年10月18日

老後不安をどう考えるか

前回の記事、リタイアに型というものがあるならばに次のようなコメントがありました:
人間には寿命があるのですが、その寿命がいつ尽きるのかは誰にも分からないのが問題なのでしょう。
自分はいつ死ぬか分からない。
しかし、資産は確実に減っていく。
寿命が尽きる前に資産が尽きてしまったら、その時点で生きていけなくなる。
「寿命がいつ尽きるのかは誰にも分からない」について。
「わからない」の程度にも、皆目見当がつかないものから平均値や確率分布はわかっているものまで色々あって、人間の寿命については後者です。50年後の人口分布がかなり正確に予測できるのはこの性質によるものでしょう。たとえば未来の株式指数の確率分布は分散が大きいので、30年後ですら正確に予測することは困難です。そういう種類のわからなさと比較すれば、「寿命がいつ尽きるのかは、大体の範囲と確率はわかっている」とも言えます。

「寿命が尽きる前に資産が尽きてしまったら、その時点で生きていけなくなる」について。
そうとは限りません。現在資産がない老人も普通に(年金で)生きています。将来は資産がなければ生きていけない世の中になっているというのは一つの悲観的な未来予想図だと思いますが、当たる保証はありません。

もう一つ、「資産が尽きる」という事象は、ある日気付いたら突然訪れるというものではありません。そうなる以前に、あとX年で資産が尽きそうだという状態を必ず経由します。そのX年と自分の余命を比較して、何らかの手を打つ猶予があるということです。その間にBライフや外こもりなど、知恵を使って生活コストを抑え、資産が尽きるのを遅らせる余地は残っていると思います。

タイムリーなことに、老後不安について次のような記事を見かけました。
「老後不安」と資産運用|山崎元のマルチスコープ|ダイヤモンド・オンライン
特に、老後不安については、定年退職までに十分な資産がないと「老後難民」になる、などと脅かされると、心配がどんどん膨らんで来る。普通の人には過剰な想像力があるので、不安がゼロになることはほとんどない。
そうですね。
不安があるからといってそれを消す方向に向かって努力するのではなく、不安が消えない事実を受け入れ、うまく付き合っていく方が、限られた人生の時間を無駄にせずに済むと思います。

稼ぎがゼロの前提で、老後の生活を現役時代と同様の水準で確保するためには、年金をあてにしないとすると、今後の運用益を考えても少なくとも年間支出額の20年分くらいの蓄えが必要だろうが、これは通常の人の現役時代の運用額では、よほどの高利回りがないと無理だ。
60歳の時点で20年分の生活費を残すことは、早期リタイア志向の人にとってはごく控えめな目標に過ぎません。それを無理と言ってしまうということは、山崎氏の生活レベルが相当高いのでしょうね。

たとえばリタイア後から25年生きるとして(65歳でリタイアなら90歳まで)300ヵ月となるが、自分の純資産額を300で割り算してみよう。ちなみに、95歳まで考える人は360で、100歳まで考える人は420で割り算するといい(筆者は360で考えている)。

こうして求められた金額が、リタイア後に毎月取り崩していい金額だ。
早期リタイアの場合も基本的な考え方は同じです。分母が300や360ではなくもっと大きい数字になるという違いがあるだけで、想定する余命が長いからといって資産を取り崩すことを忌避する理由はありません。

生活レベルが変わることはあるとしても、「暮らせない」という心配は案外小さいのではないか。「老後」を事前に怖がりすぎるのは考えものだと思う。
同感です。
今の生活レベルが既に最低限でこれ以上下げることができないという感覚は単なる思い込みに過ぎず、使えるお金が少ないなら少ないなりに、何とかする知恵や手段はあるだろうと思います。今から老後の心配ばかりしていては、まだ老後でない今の人生を楽しく暮らせないのではないでしょうか。

関連記事: 『未来の働き方を考えよう』 ちきりん(著) その1

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2014年10月13日

リタイアに型というものがあるならば

さいもんさんのブログにこんな記事がありました。
資産取り崩し型のリタイアについて│ひとり配当金生活(予定)
リタイア後の資産残高推移について、年々減少していく資産取り崩し型、配当金や年金、節約などで収支が釣り合う資産均衡型、減るどころか資産運用によって増えていく専業投資家型の3タイプがあると思う。
この分類に当てはめれば、私は資産取り崩し型のリタイアということになりそうです。

当ブログで年末年始に記録している通り、実際には持っている資産の評価額は毎年変動するので、「年々減少」するとは限らず、たまに増えることもあったり、その逆に2008年のように大幅減の年もあったりしますけど、平均的には資産が減っていくのが当たり前という前提でプランを立てていることは確かです。
関連記事: 人生の前半では時間を売り、後半では時間を買う

私が疑問に思ったのは、もし資産が減らない、または増えるタイプのリタイアの型があるとすれば、いったい何のためにその型を選択するのかという点です。

人間には寿命があります。言い換えれば、一人ひとりが持っている時間というリソースは有限で、毎年「確実に」減っていきます。資産と違って、たまに増えたりはしません。たとえば40歳の人の持ち時間は、平均寿命を80歳とすれば、1年で2.5%減少します。50歳ならマイナス3.3%、60歳ならマイナス5%。

リタイア後に資産を減らさない努力を続けたとしたら、資産は維持されるけれども人生の時間は容赦なく減り続け、やがて残り時間の少なさと比較して不相応に過大な資産を持つ状態に至るのではないかと。死ぬ間際に過大な資産が残るのはもちろんのこと、高齢になってから慌てて財布の紐を緩めて過大な消費を始めるというのもまた、色んな意味でもったいない話だと思います。

今までは定期収入があり資産は増える一方だったので、確実に資産が減っていく取り崩し型のストレスに耐性がない。
投資経験があると種銭の有るありがたさは身にしみてくるし、それが減っていくというのは恐怖なのだ。
気持ちは分かります。どういう場面でストレスや恐怖を感じやすいかは人類の脳に共通する特性ですから。資産が目減りする恐怖との付き合い方に書いた通り、私の脳にも同じような恐怖は確かに存在します。

しかし私にはストレスや恐怖に耐えているという自覚はありません。意識しているのは、頭の中にそういった感情が湧き起こったときに、それを冷めた目で時間をかけて評価して、間違っていたら淡々と却下するもう一人の自分の存在です。この本でシステム・ツーと呼ぶ脳の機能です。この人は誰の脳にも存在する有能な怠け者で、バンバン尻を叩かないと全く仕事をしません。この人が怠けている間は、もう一人のシステム・ワン(原始人)のやりたい放題です。

お金が足りるかどうかじっくり考えた結果として足りないことが判明したからではなく、ただお金が減ること自体に恐怖や不安を覚えるのであれば、それはもう原始人の直感そのものです。予想どおりに不合理と言うしかありません。そういう直感の命ずるままに動けば判断を誤ることになりかねないと思います。

参考記事: 404 Blog Not Found:恐れのみを恐れよ - 書評 - リスクにあなたは騙される

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2014年10月01日

『学校では教えてくれないお金の授業』 山崎 元 (著) その5



その4の続きです。

03 株の「売り時」を考える
◎自分の買値にこだわらない
(中略)
 自分がその株をいくらで買ったという事実は、将来のその株のリターンに影響を与えるファクターではありません。このようなものを判断基準にするような考え方はピント外れですし、投資家を判断力のない愚か者扱いしているようにさえ感じます。
利確、損切りルールを決めるタイプの売り手法への批判ですが、全く同感です。
関連記事: 「損切り」の不合理

多くの投資家が、自分の買値と現在の株価との関係を、勝ち負けのように捉えて、これにこだわることで判断をゆがめてしまっています。
(中略)
持ち株が値下がりしたときには、それを直視して、認める勇気が大切です。
(中略)
損を直視せずに、自分で判断することを放棄して、買値を基準に非合理的な売り買いをするということは、愚かだというしかありません。
「愚かだ」などと偉そうに書きましたが、正直にいうと、私も自分の買値は「かなり」気になります。しかし、この辺をやせ我慢して自分をコントロールすることも投資の楽しみの一つだ、と考えるようにしましょう。
読者の皆さんにあっては、早く「自分の買値」を気にしない投資家になっていただきたいと思います。
私は買値を気にしない!と言ってしまえば嘘になりそうですが、今の私は特にやせ我慢などする必要もなく、自分の買値を気にすることができない状況にいます。
というのは、どんな買い物でもそうですが、買ってから1年も経つと買値がいくらだったのか覚えていないことがほとんどで、私が最後にETFを買ったのはいつだったのか、何を買ったのか、いくらで買ったのかは既に忘却の彼方だからです。(もちろん証券口座にログインしていちいち調べればわかりますが。)
記憶力の弱さが思わぬところで幸いすることもあるものです。

◎一番重要な「売り」の理由
それは、「お金が必要になったとき」です。
(中略)
「お金の授業」らしく理論的にいうと、持ち株の期待リターンがもたらす効用よりも、現金の効用の方が高くなったのだから、株を現金に換えることが合理的です。気持よく使いましょう!
ほんとこれ、重要です。売る理由はこれ一つでも十分なぐらい。なのに投資の本に書いてあることは稀のような気がします。


p.301の図9山崎式経済時計では、下げ相場と上げ相場のサイクルを8分割して、それぞれの時間帯別に適切な「お金の置き場」が書かれています。下げ相場では現金と国債、上げ相場では株式と不動産、というような。
前著にもこれと似たようなことが書いてあり、まったく同じ感想を抱いた記憶がありますが、今回もこの章は「蛇足」と言うしかありません。

景気変動がこんなに都合よくきれいなサイクルで回るものだとは思えませんし、ある程度の周期があるにしてもそれは事後的に判明するもので、今どのサイクルにいるかはわからないでしょう。
現実には、自分が今どこの時間帯にいるのかを正確に判断するのは難事です。「今はここだ!」と決めつけて、極端に資金を動かしたりしない方がいいと付け加えておきます。
という補足を読んで少しほっとしましたが、それでも景気動向を読んで株式から債券へ、債券から株式へとせわしなく売買を繰り返すなんて、もはや運用ではなくて趣味の世界だと思います。

あくまでも運用をしたいだけの個人投資家は、下手に景気動向など読もうとせずに淡々と市場平均に乗り続けるのが良いでしょう。

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