2015年04月27日

早期リタイア後もインデックス運用を継続中

さいもんさんのブログより。
早期リタイア達成者がインデックス投資を続ける危険性│ひとり配当金生活
例えば積み立て型のインデックス投資家が資産形成に成功して早期リタイア達成したとして、その後もインデックス投資を続けるのは怖くないのかな?という疑問があります。
私の資産運用方針がまさにこのパターンに該当するので、私なりの回答を。

答が「怖い」「怖くない」の二択であれば「怖い」です。
しかし、どんな運用方針であれリスクを負担しているのであれば怖いのは当たり前で、その漠然とした感情を根拠に運用方法を変えるようなことはしません。

さいもんさんの素朴な疑問の裏には、「リタイア後にはリタイア後に相応しい資産運用の仕方があり、それはインデックス運用ではない」という考えを暗に含んでいるように感じられます。
だとすれば、それは一体どんな運用方法なのでしょうか? さいもんさん自身が実践している高配当日本株のホールドがそれに該当するというのであれば、世界市場でのインデックス運用よりも優れている根拠を示して欲しいと思います。

実際にセミリタイア生活に突入している私にとって、机上の理論も大事ですが実践面は何よりも大事です。
数十年後に、理論的には正しかったけど実際は駄目だったわ、では洒落になりません。
どんな運用方法を採用するにせよ、数十年後の運用結果がどうなっているかは「わからない」としか言えません。実践面が大事とは言っても予め未来の事象を知るすべは無い以上、理論的に正しいことに賭けるのが最も合理的な選択だと私は思います。

理論上正しい選択をしても「実際は駄目だったわ」に終わったらどうするのか? その駄目な結果に合わせて生き方を下方修正していくだけのことです。
関連記事:老後不安をどう考えるか

もし駄目だったら「洒落にならない」と感じてしまうほど経済的リスクに敏感すぎる人は、単にその運用方法が自分のリスク許容度をオーバーしているだけのことなので、ポートフォリオを見直すなどしてリスクを下げればよいのです。人によっては個人向け国債や定期預金のみの運用が最適という場合もあるでしょう。それでも決してノーリスクという訳にはいきませんが。

ただ人間の寿命には限りがあるので、20年くらい低迷期が続くとかなり苦しくなります。
今までがまさに失われた20年でしたよね?
失われた20年って日本市場という、時価総額にして世界の10%にも満たない市場での出来事ですよね。
もし1995年からの20年間を世界市場ポートフォリオでインデックス運用していたら、理論通りの素晴らしい結果になっていたのでは?

しかしセミリタイア達成後に、相場がグダグダになった時にそれまで単純な積み立て投資しかしてこなかった人が戦略を維持できるのかな?という疑問があります。なんせもう継続的な追加投資は難しいのですから。
リタイア達成からわずか1年後にリーマン・ショックの洗礼を受けた私が、リタイア後も資産を取り崩しながらインデックス運用を継続しているサンプルです。暴落時に追加投資なんて必要ありませんでした。ただじっとしていれば嵐は過ぎ去り、資産残高は力強く回復しました。
関連記事: 2014年末の資産残高推移

逆に、インデックス運用で暴落に耐えられないのだとすれば、一体どんな運用なら耐えられるのかなと思います。そんな魔法のような方法があるなら私も知りたいです。

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2015年04月22日

コメ輸入拡大で国民負担が増える?

TBSのニュース記事より。
「TPPコメ輸入拡大どこまで?意外な「国民負担」も」 News i - TBSの動画ニュースサイト
今回の協議で、アメリカはこれにさらに17万5000トン分の新たな枠を設けろと要求しています。しかし、日本は5万トンが限界だと主張しています。
この手のニュースを見る度に気になるのは、「アメリカは〜、日本は〜」と国家対国家の利害対立という偏狭な視点で報道していること。
アメリカvs日本、それぞれの「国益」を賭けた闘い。頑張れ甘利さん!
TPPがこんなプロレス会場のように見えてしまっている人、見事に問題の核心から目を逸らされてます。
案の定、ツイッターを覗いてみると、このニュースに頓珍漢な反応を示す人が散見されます。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2473796.html - Twitter検索

元記事に戻ります。
この、せめぎ合いがある中で、新たな枠を10万トン未満で収めようとするのが日本政府の考えです。しかし、コメの輸入を増やす際、実は国民に大きな負担がのしかかってくるのです。
このように、輸入拡大が国民の不利益の原因になるかのような書き方も、ひどくミスリーディングだと思います。

アメリカ産のコメの輸入が仮に5万トン増えると、政府は、同じ5万トン分を市場から「備蓄米」として買い入れることで価格の下落を防ごうと検討しています。ただ、古くなった「備蓄米」は、豚のエサなどに回されるため、政府が買い入れた時よりも価格が下がります。その差額による損失は、年間で100億円を超えるとも言われ、税金を使って国民の負担となる可能性があるのです。
こう書かれている通り、勝手に市場に介入してきて価格を吊り上げておきながら、そのコストをすべて国民に負担させようとしている張本人は、日本国政府以外の何者でもありません。

政府がこんな余計なことさえしなければ、年間100億円のコストを誰も払う必要がないばかりか、輸入拡大によってコメの価格が下がり、消費者たる国民にはむしろ多大な利益をもたらすはずなのに…。

TPPの対立軸は、国家対国家ではなく生産者対消費者です。TPPでアメリカという国家が突きつけている要求は、日本の生産者の不利益になる反面、日本の消費者の利益になるということを、マスメディアが正しく伝えようとしないのは非常に残念なことだと思います。

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2015年04月08日

自ら仕掛ける「貧困の罠」

自己責任というキーワードは何かと話題になりやすいようで、retire2kさんのブログにこんな意見がありました。

40代貯金2000万でセミリタイア : 今週の週刊東洋経済「あなたを待ち受ける貧困の罠」
「自己責任」というのは、自らリスクを取って行動を起こした時に、
そのリスクが実現した場合に使うべき言葉であって、
最低限の義務として国民年金納めてなかったとかなら別ですが
「善管注意義務を怠ったら自己責任」的に使われるべきではありません。
もしそんな注意義務があるならちゃんと言っておかないと。
前半部分は、「自らリスクを取って行動を起こした時」に含まれる範囲がかなり狭そうなのが引っ掛かります。「リスクを取る」ということ自体に、積極的に何かにチャレンジするようなイメージがあるのですが、結果が自己責任なのはそのような場合に限らないのでは?

たとえば、ただただ消極的に多数派に合わせるだけの選択を積み重ねることを、「自らリスクを取って行動を起こした」とは言いませんけど、その結果として貧困に陥ったとすれば、積極的に行動を起こした場合と同じく自己責任であることに変わりはないと思います。両者を区別すべき理由が見当たりません。

後半部分は「善管注意義務」の意味するところがよくわからなかったので調べてみました。
注意義務 - Wikipedia
善良な管理者の注意義務(善管注意義務)とは、債務者の属する職業や社会的・経済的地位において取引上で抽象的な平均人として一般的に要求される注意をいう[2][3]。これはローマ法の「善良な家父の注意」に由来し[3]、フランス法の「良家父の注意」[4]、ドイツ法の「取引に必要な注意」がこれにあたる[1]。この一般的・客観的標準に基づく程度の注意を欠く状態を抽象的軽過失[1]あるいは客観的軽過失という[3]。
む、むずかしい…。
しかしこれ、「取引上で〜要求される注意」と書かれている通り民法上の用語であって、要するに何らかの民法上の契約(例:委任契約)をしている相手方に対して負う責任ってことですよね。
自己責任とは契約上の他者に対する責任を負うことではないので、全く関係ない気がするのですが…。
なので、そもそも「善管注意義務を怠ったら自己責任」という言い方は、用語の使い方が間違っている点でおかしいと思います。

この用語を使ってretire2kさんが表現したかったのは、「貧困に陥らないように自分で注意する義務」のことかなと想像します。そうだとすれば、そのような義務はどこにも存在しないとしか言えません。前回の記事で引用したホリエモンの発言
「(散財を)国が『そんなのは駄目なんだ!』って言うことだってできないわけでしょ? じゃあ、これもう完全に自己責任じゃん」
で指摘されている通り、日本国民は誰一人としてそんな義務を課されていないのです。なので、「義務を怠ったから自己責任」なんて言い方をしている人がいるとすれば(私は見たことがありませんが)、何か勘違いをしていると思われます。

もちろん、義務がないというのは素晴らしいことです。どのようなお金の使い方をしようが完全に本人の自由ですから。そして、その自由の裏側に自己責任がくっついているだけのことです。

日本では貧困問題との絡みでなぜか自己責任という言葉だけを殊更に取り上げ、ネガティブな意味を植え付けようとするバイアスが顕著で、その表側に確かに存在するはずの自由の価値がほとんど評価されていないのはとても残念なことだと思います。


ちなみに元記事
多くの日本人が貧困に沈むのは、なぜなのか | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
は斜め読みしましたが、そこに登場する50代男性の事例は「またかよ」とつぶやくしかないようなものでした。こういう事例を反面教師にして、高収入でもきちんと支出をコントロールして無収入になるリスクに備えましょう、という話につなげていけばいいものを、
この男性のように普通に生活をしていても、貧困に陥る「罠」は少なくない。
などと、こんなハイリスクな生活を「普通」の一言で片付ける異常な感覚。そして、自己責任を省みることなく無理矢理にでもセーフティーネットを拡充する方向へ誘導するのですから、こんな記事は害悪としか言いようがありません。

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