2015年10月31日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その4



その3の続きです。

p.063
 僕が考える人間の面白さは、生の多様性というか、「ものすごくいろんな生き方に開かれているところ」だ。だから、「子どもを作る」というのも結局一つの選択肢に過ぎないと思っている。別に子どもは作ってもいいし作らなくてもいい。僕やあなたが子どもを作らなくても人類は存続していくし、作りたいと思う人が作ればいいのだ。
同意。
子孫を残すことは生物的な本能がもたらす結果であって、それ自体が人生の目的ではないし、子孫を持つことが個人の幸福につながるとは限りません。

特に最近は、日本の社会保障制度の問題を少子化のせい、つまり子供を作らない人のせいにしたがる人が多くて閉口します。各種メディアで「少子化問題」というミスリーディングな用語が極めてナチュラルに使われ、定着してしまったことが、問題の真の原因を一層わかりにくくしています。

もう何度も言ってますけど、少子化そのものは「問題」ではありません。少子化になるととんでもない世代間格差が生まれたり、持続可能性が失われていくような制度設計の方に問題があるだけです。今この瞬間も莫大な世代間格差を生み出し続けている現行制度を何とかする以外に対策などありません。それとは全く逆方向の、制度を維持するために国民の人生をいかに修正、誘導すべきか、みたいな議論を真顔でやるなんて狂気の沙汰だと思います。

関連ツイート。


(つづく)

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2015年10月29日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その3



その2の続きです。

p.051
 家に鉄道模型をひたすら集めている人がいたとして、彼の家族は鉄道模型に全く興味がなくて、「わけの分からないガラクタが家にいっぱいあって邪魔だ」「つまらないものにお金をつぎ込んで馬鹿みたい」と思っていたら彼は不幸だ。
本当にそうでしょうか?

家族が〜と思っている ⇒  彼は不幸だ
が成り立つための大事な条件が一つ欠けているのではないですかね。

正しくは、
(彼は家族に〜と思われたくないのに)家族が〜と思っている ⇒ 彼は不幸だ
ではないかと。

家族にどう思われようが気にしない人ならば、この事例では全く不幸ではないと思われます。

鉄道模型で真っ先に思い出したのが森博嗣先生。(関連記事:『「やりがいのある仕事」という幻想』 森博嗣 (著) その5
彼は大好きな庭園鉄道に囲まれて、とても幸福そうに見えます。家族がどう思っているかなんて気にしているそぶりが全くありません。

そもそも自分の金を何に使おうが他者には関係ないです。家族ならああだこうだと口出ししても良いと思っているのだとしたら、自由主義、個人主義の何たるかがわかっていない証拠だと思います。

(つづく)

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2015年10月27日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その2



その1の続きです。

p.024
「生きてるからには仕事をしないともったいない」とか「何もしないのは人生を無駄に過ごしている」とか言う人が世間には多いけど、それは一種の宗教みたいなもので、なんかちょっと違うな―、と思う。仕事をするのも大事なことだけど、仕事をするために人生があるのではなくて、より良く生きるための手段の一つとして仕事というものがあるに過ぎない。
同意。
お金も手段なので、お金を稼ぐための仕事は手段のための手段といったところでしょうか。

p.025
 朝起きたときには全く予定がなくて、あくびをしながら「今日は何をしようか……」とかいうような生活がいい。それで家でゴロゴロ寝ながらネットを見たり本を読んだりして、ちょっと気が向いたり退屈したらふらっとどこかに出かけたりしてもいい。そんな生活がずっと続けば理想的だ。
同感。
というか、今の私の生活そのまんまですよこれ。
こんな感じの生活をもう8年続けてますが、実に良いものです。

二十八歳のときに「もういいやー」って思って勤めていた会社を辞めて、そうやって毎日ひたすらゴロゴロする生活に入って気がつけばもう八年だ。
ということは、私とほぼ同時期(2007年?)に無職になられたんですね。もう少し先輩かと思っていたので意外でした。

p.026
そんな感じで毎日やらないといけないことは少ないんだけど、暇を持て余して困るということは意外となくて、それどころか「暇なはずなんだけど何故か毎日結構やることがあって忙しい……」と思っていることが多い。まあやることと言っても「洗濯をする」とか「猫の世話をする」とか「メールの返事をする」とか「風呂に入る」とか、全部大した用事ではないんだけど。
分かります。
私の場合は「忙しい」と感じることは稀で感覚としてはほぼ常に暇ですけども、元々のんびりした性格なので、それで退屈したりして困ることは一切ありません。

p.027
 要は、みんな何もせずにぼーっとしているのが苦手だから、何か意味のありそうなことを見つけてやって時間を潰しているだけ、ということが世の中には多い気がするのだ。
これも同感。
私は性格的に「何もせずにぼーっとしている(ように見えるだけで実は深く考え事をしていることもありますが)」ことがたいへん得意なので、その類の時間つぶしは全く必要ありません。これは無職をやる上で重要な適性の一つではないかと思います。

関連ツイート。


(つづく)

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2015年10月25日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その1



人気本の割には半年も待たずに回ってきました。ラッキー。

p.011
 じゃあ、生きるにおいて本当に大事なことは何かというと、「一人で孤立せずに社会や他人との繋がりを持ち続けること」と「自分が何を好きか、何をしているときに一番充実や幸せを感じられるかをちゃんと把握すること」の二つだと僕は思う。
後者は確かにその通りで、それがわかっていないうちは何も始まりません。最優先事項と思います。

ただ、前者については人によるとしか言えないでしょう。少なくとも私にとっては全く大事なことではありません。(関連記事:早期リタイアと孤独
後者の条件さえ満たしていれば、前者の条件が自分に必要かどうかも既にわかっているはずです。

 僕の場合の好きなものは、インターネットだった。
同じく。厳密には、インターネットそのものが好きと言うよりは、インターネットを使ってできるあんな事やこんな事が好きなわけですが。

もしインターネットが存在しない世界に生きていたら、今でもまだ好きなものが見つからないまま漫然と会社員を続けていたかもしれません。なので、インターネットが無かった時代を何十年も生きてきた旧世代の人たちに早期リタイアという発想が出てこないとしても不思議ではありません。

p.018
 でも成長するにつれていろんな本を読んだりしていくと、「今の世の中のメインになっている価値観は絶対的なものじゃなくて、それはここ何十年かで出てきた一時的なものに過ぎない」「世界にはもっといろんな価値観や生き方がある」ということを知ることができて、そうすると「会社や学校に違和感を持つ自分の生き方もまあありなんじゃないか」という風に、自分の生き方にある程度自信を持てるようになった。
同感です。
本にしてもネットにしても、自分から読みたいものを選択して読むPull型のメディアであることがポイントです。義務教育やテレビのように勝手に情報を選別して送りつけてくるPush型のメディアと決別すると、視野が一気に広がります。

(つづく)

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