2015年11月29日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その9



p.198
 ある程度の貯金があってこそ、隠居も屈託なく楽しめるってもんです。
 基本的には明日死んでもいいように生きるけど、死ななかったときのためにもしっかり蓄えておきたいところ。
「ある程度の貯金」とは、半年分の生活費のようです。(p.197より)
私の場合のそれは半世紀分の生活費なので程度の差は大きいものの、人生の長短両面に備えようとする基本スタンスは同じです。

 では、将来の不安とどう向き合うか。
 向き合いません。
 これは、やるべきこともやらないという意味ではなく、必要以上に心配してもしょうがない、ということです。
分かります。
不安という感情と真正面から向き合ってしまうと、不安の原因を解消することを際限なく要求されます。そんな要求を全部聞いていたらきりがないんですよね。あらゆる不安を解消することが人生の目的みたいな、奇妙な生き方になってしまいます。

では、まともに向き合わずにどうするのかと言えば、私はこんな風に考えています。
老後不安をどう考えるか
『未来の働き方を考えよう』 ちきりん(著) その1

p.202
 寝るも起きるも、遊ぶのも働くのも、全部の決定権が自分にある生活です。
 これほどおもしろいことはありません。
同感です。
まさに自由そのもの。理想的な状態と言えるでしょう。

たまに、全てが自由だとかえって困惑する、みたいなことを言う人がいるのですが、そういう人は自分にとって不要だと思う決定権を手放すなり他者に委ねるなり、それこそ自由に処分すればいいだけかと。個人が不自由を求めるのもまた自由ですから。

つまり、自由という概念は、自由を求める人々だけでなく、自由を求めない人々にとっても使い道がある最強のカード、オールマイティーです。なので、自分が自由を求めているのかそうではないのか、まだはっきりわかっていない段階でも、とりあえず自由の獲得を目標にライフプランを考えるのは悪くない戦略だと思います。

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2015年11月27日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その8



p.188
 介護事業所に支払われる介護報酬が約3%引き下げになるそうで、ただでさえ介護者たちは労働に見合わない薄給で働いているのに、さらに給料が減らされる可能性がある、という内容でした。
 あのー、介護って実際はほんとに重労働なんですけど、介護に対する社会の評価ってそんなもんなのか……と思うとやるせないです。
介護報酬なんて政府が懐具合に応じてテキトーに決めてるだけですから。決して、「介護報酬=社会の評価」では無いと思います。

介護業界で賃金が労働に見合わなかったり、常に需要過多で供給が追いつかなかったりするのは、政府の価格統制や参入規制によって市場メカニズムが破壊されているから、ということに尽きます。医療や保育の問題もすべてそれが原因です。要は、日本は資本主義の外見をしているけれども、その中に決して小さくない規模の社会主義経済圏を内包する不思議な国なんです。

政府が価格統制をやめ、介護サービスの売り手と買い手が自由な価格で取引できるようになって初めて、その価格が「社会の評価」と言えるのではないでしょうか。

p.190
 私は定年っていう考え方にも無理があると思います。
 十把一絡げに65歳で定年といったって、健康状態も能力も希望も人それぞれですよね。
同感です。
他人が決めた一定の年齢に達するまで働くというのは、自分の人生を生きている気がしません。
関連記事:リタイアに理由は必要か

p.190-191
 私だったら、今のペースで死ぬまで現役で働かせていただきたいです。
(中略)
 そんなわけで、私の場合は、毎日働くとしんどいし、かといってまったく働かず社会との関わりがなくなるのも不安なので、週2日ぐらい働くのがちょうどいいみたいです。
ここは私のライフプランとの明確な相違点ですね。労働を細く長くやるのか、太く短くやるのかの違いです。
私の場合は、週2日労働と言えども、それが一生続くとなると「しんどい」と感じますね。肉体的な疲労や拘束時間は問題ないかもしれませんが、労務提供義務を負うことの精神的な負担は、週5日でも週2日でも大差無いように思います。

p.195
 思うに、隠居者というのは、意識的に社会との懸け橋を最低限に抑えて生きていくことを心がけている人のこと、ではないでしょうか。
 世のしがらみを自ずから断ち切り、自分の世界へとひきこもること。
 つまり、過剰に建設された世間との懸け橋を封鎖しつつ、自分との懸け橋を建設するわけです。
 破壊ではなく封鎖、というところがミソです。
なるほど、これがただのフリーターとは異なる点だそうです。
私にもほぼ当てはまっているので、ネガティブなイメージを刷り込まれた「無職」ではなく「隠居者」を名乗ればいいかもしれませんね。「早期リタイア」も一般的には今いちピンと来ない言葉みたいなので。

(つづく?)

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2015年11月25日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その7



p.168
 この人たちの言う「自由」って、マネー資本主義社会の中だけの自由じゃん。
 お金がないと自由になれないなんて、超不自由!

 私がずっと知りたかったのは、お金がなくても自由になれる方法でした。
ここは本書で数少ない、同感じゃなかった箇所。
私の感想は逆で、お金があれば自由になれるなら、既に相当自由な社会だと思います。広い世界に目を向けると、お金があっても自由になれない人たちもいるということを、ちきりんさんの本を読んで知りました。

資本主義社会の外に出たら本当の自由があるはずだ、という思想の行き着く先は、それを試みてきた人類の歴史を見ればわかるように、自由とは程遠い社会でした。自由市場の存在を前提とする資本主義は、もともと個人の自由との親和性が非常に高いのです。結局、資本主義社会の様々なメリットを賢く利用し尽くすことが、個人がその短い人生の中で自由を獲得する最短コースではないかと思います。

関連ツイート。

(つづく?)

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2015年11月23日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その6



p.149
 それに、人に言われたからっていうのはラクだけど、私は自分で何かを選ぶときの、誰のせいにもできない、後にもひけないシビれるような緊張感が好き。
 どんなにラクなのが信条でも、あの楽しさだけは譲れません。
 いつでもどこでも、なんでも自分で選びたいっ!
分かります。
自分で選んだ結果なら、もし失敗しても納得がいきます。

p.153
 さて、いざ東京に出てきて、何に驚いたって、生活するだけでお金が膨大にかかることでした。
 とにかく家賃が高い!
phaさんはこの状態を「毒の沼地」と表現していましたね。
そこを通らないと手に入らない何かがあるなら、ヒットポイントを減らしながらでも突っ込んでいく価値があるのでしょうが、東京でなくてもできることを東京でやる価値って何なんだろうと、いつも疑問に思っています。

p.154
 若い人に家賃や仕事の話をすると、結構な割合で「そんなのフツーじゃね?」と言われますが、断じてフツーじゃありません! 東京がおかしいんです!
同感。
私は東京に住んだことも東京で働いたことも無いので、実体験に基づく感想じゃないですけどね。ごく稀に用事があって東京を訪れると、人口密度が高すぎて息が詰まりそうになります。

人口減少時代だからこれからは都市部に集まって暮らしたほうがインフラなどの効率が良くなる、と言われてますが、集まるにしても限度ってものがあるでしょうと。限度を超えて人が集まりすぎた東京は全然効率が良くない街だと思います。

(つづく?)

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2015年11月21日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その5



p.131
 こうして、だんだんと、アルバイト以外の時間をほぼひとりで過ごすようになっていきました。
 もともと自分といるのが快適なので、私にとってはとても自然なことだったのでしょう。
 ひとりで本を読んだり、ひとりで料理をしたり、ひとりで音楽を聴いたり、ひとりで映画を観たり……。
高校卒業後3年間は、こんな感じの生活だったそうです。
なぜか本人はこの時期をやや自虐的に「ひきこもり」だったと振り返っているのですが、客観的にはフリーターですよね。孤独好きのフリーター。何の問題もありません。

p.134
 誰にも会わず、外にも出かけず、ただひとりでいることに熱中するのは、どこまでも限りなく楽しい体験でした。
p.138
 誰にも会わずに、自分の好きなことだけをして終わっていく一日。まじサイコーです。
同感。孤独って本当に素晴らしいものだと思います。
人は放っておくと自然に孤独を求めるのか、それとも他者との交流を求めるのか。言い換えれば内向的か外向的か。同じ隠居系の生き方をしている人でも、ここで性格が大きく二分されると思うんですよ。大原さんや私は前者、phaさんや山崎寿人さんは後者という風に。

私は前者の性格の持ち主のほうが無職の適性が高いと思っています。
関連記事:早期リタイアと孤独

p.142
 そういうわけで、私の好きな言葉は「ハタチ過ぎたら人生引き算」。
(中略)
 今すぐやらなくていいことを、バシバシ引いていって、あとに残ったものからどうしても死ぬ前にやっておきたいことだけをするのです。
早死にリスクに備えるには最適な考え方だと思います。
正直、20歳からだと少し早過ぎるような気がする私は、もう少し長生きリスクにも備えておきたいというバランス感覚の持ち主だからです。

バランス感覚は人それぞれですが、長生きリスクを重視する一方で、早死にリスクは軽視(あるいは無視)するの人の方が、世の中には圧倒的に多い気がします。
関連記事:長生きリスクと早死にリスク

(つづく?)

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2015年11月19日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その4



p.64
 毎日あくせく働かなくても楽しく生きていくためには、お金のかからない、かつひとりでも没頭できる趣味を見つけるのが得策です。

 まずは読書です。
(中略)
 読書の際は、もっぱら図書館をフル活用します。
同意。基本中の基本ですね。
読書が趣味だと言えるような人なら、それだけで十分な無職適性があると思います。ほぼ必須条件に近いかも。無職系の人で読書に興味が無いと言っている人は見たことがありませんので。

大原さんは古本屋も活用されるようですが、私は図書館オンリーなので本当に一銭もかかりません。コストパフォーマンスは∞。

p.69
 少しお金はかかりますが、青春18きっぷを使って、日帰り温泉にもときどき行きます。
私も青春18きっぷは格安の移動手段としてたまに使います。
しかし春夏冬の繁忙期しか使えないのが最大の難点ですね。混んでいる時期に安くしたら混雑に拍車がかかるだけなのに…。
むしろ閑散期しか使えない「閑散18きっぷ」を作ってほしいんですが。

 隠居をしていると、平日が日曜日みたいなもんで、混んでいない日時を見計らって優雅に行けるのが嬉しいです。(中略)
 休日は混むので外に出たくありません。
 人ごみが嫌いなので、平日もできる限り通勤ラッシュの終わる9時以降に出かけ、帰宅ラッシュの始まる5時前に帰るように努めています。
同感。
満員電車、渋滞、人混みをほぼ完全回避できる選択肢を持っていることは嬉しいですね。できるだけ混雑に参加しないようにするのは、時間リッチな人だからこそできる社会貢献の一つだと思います。

最近は3連休がやたら多くなってきて、隠居の身としては逆に自由に過ごせる平日がどんどん減らされて悲しいです。休みの取り方まで「みんないっしょ主義」が刷り込まれている日本社会、何とかならないものでしょうか。

(つづく)

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2015年11月17日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その3



p.38
 節約生活のポイントは、自分でできることはできるだけ自分でやる、ということです。お金はないけど、今たまたま手元に時間はあるから、時間を使う。
 逆に時間がなくてお金のある人は、お金を払って洗濯でも料理でも事務仕事でも人にやってもらえばいいですし。
同意。
ただ、「できるだけ」自分でやると書いてある通り、限度はあります。どうやっても自分ではできないこと(例:インターネットへの接続)もありますし、できるとしても著しく生産性が低いこと(例:食糧の生産)は、別の生産性の高い労働で稼いだ金を介して外注するほうが可処分時間は多くなります。

p.39
 では、両方ない人はどうするか。
 これは今ちょっと答えが見つかりません。
 でも、私だったら、どっちにしても苦しいならとりあえず働きます。
時間もお金も両方ない人って、実はそんなにいません。多くの人は時間だけは必ず持っています。ほんとに時間がない人は寿命が近づいてきた老人ぐらいのものです。

なになに、毎日仕事が忙しすぎて時間がない?
それはせっかく持っていた時間を売っ払ってお金に換えたからですよね。それで可処分時間がなくなったのなら、時間の使い方が間違っていただけです。無駄遣いばかりしてお金がないない言う人に向かって、
「お金がないんじゃなくて、お金の使い方が間違っているだけでは?」
と指摘するのと全く同じことが、時間貧乏な人にも言えると思います。

p.41
 一日の食費は、だいたい300円ぐらいでやりくりしています。多くても500円以下。
素晴らしい。
一日300円だと一年で11万円! エンゲル係数かなり低そうですね。
しかも、ただ安いだけじゃなくて、玄米食や無農薬にこだわったりして健康志向が高いのが特徴です。

(つづく)

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2015年11月15日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その2



p.37
 それにしても税金ってほんとに大変ですよね。
 隠居する前は、後述するように杉並区に住んでおり、フルタイムで働いていたときもあったのですが、家賃光熱費と生活費、税金などを払ったら手元にいくらも残りませんでした。
 今もそんなに残らないという点では同じだけど、同じ残らないなら、はじめからつらい思いはしないほうがましです。
同意。
大事なのは見かけの年収ではなく可処分所得ですからね。その点、低賃金のフルタイム労働ほど割にあわないものは無いと思います。税金や社会保険料をたっぷり持っていかれるので、(可処分所得/労働時間)を計算すると最低レベルになってしまいます。

どうせ低賃金なら税金がかからないレベルまで年収を落とす、というのは(可処分所得/労働時間)を最適化する合理的な戦略です。この戦略を極めるには、第一人者の寝太郎さんのデータは必見:いくら稼ぐべきか(平成27年版) - 10万円で家を建てて生活する寝太郎のブログ

p.37-38
 でも、どっちがましかはやっぱり人によるでしょう。
 私はお金のなさと、清貧の生活を引き受け、そのへんの草を食べたりしてしのぐ代わりに、過労から解放されています。
 税金を払っても、会社勤めのほうがましと思えば、そうすると思う。
 いずれにしても私は、自分のためだけに働こうと思うとこれぐらいしかやる気が起きません。お金がなくたって、悪いことをせずとも、自分の力とアイデア次第で生きてはいけるのです。
そうですね。
私の場合は、馬鹿高い税金や社会保険料を払いながらでもフルタイム労働を続けるほうが資産形成が早く進み、人生における総労働時間を最小化できると判断したため、結果的に隠居が40代までずれ込みました。

その分だけ金銭的な余裕ができて労働から完全に解放されるメリットはあるものの、20代〜30代の20年間という貴重な時間の殆どは学業と労働に費やされ、二度と戻ってくることはありません。
ライフプランにおける時間とお金のトレードオフは、いつも悩ましい問題です。

(つづく)

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2015年11月13日

『20代で隠居 週休5日の快適生活』 大原扁理 (著) その1



20代から既に安定した隠居生活に入った大原扁理さんの本です。

考え方はphaさんと似ている部分もありますが、ライフスタイルはかなり違いますね。大まかなイメージとしては山崎寿人さんの生活をもっとストイックにした感じでしょうか。野草の調理法がイラスト付きで丁寧に書かれているのには驚きました。文字通りの「草食男子」の登場です。

週2日は介護の仕事で月収7〜8万円とのこと。知る人ぞ知る理想の年収に収まってそう。

p.4
 ところで私は、どこにでもいるフツーの人と同じで、ITや株などの特殊能力も持ち合わせていないし、宝くじが当たったこともないし、親の遺産もありません。不労所得はゼロです。
 それでも隠居できちゃったんですから、自分が一番びっくりしています。
私もこの条件をすべて満たすどこにでもいるフツーの人ですが、40代でやっと隠居できましたと言ったところで誰も驚いてくれません。
しかしこれが20代でとなるとさすがに衝撃的ですね。

p.4-5
たまに人に会う機会があったりして、「何してるんですか?」とか聞かれるとすご〜く困る。
(中略)
「週休5日みたいな感じなので、わりと遊んで暮らしています」とか、「とくに言うほどのことは何もしてません」などと気分で答えたりするので、聞くたびに答えが変わってる……ということになり、結局、「何してるか得体の知れない人」という印象を与えてしまうようです。
 私としては、嘘をついているつもりはないのですが。
 そのときの反応は十人十色です。
 何かを察知してそれ以上触れず、話題を変えてくれる上品な人、さりげなくもっと突っ込んでくる下品な人、見下すような目つきをする人など、いろいろいます。
分かります。
私も「早期リタイアして毎日遊んで暮らしています」とは正直に答えにくいので、いつも適当にお茶を濁しています。

確かに答えにくい質問ではあるのですが、相手の価値観次第で多様な反応が観察できるという意味では、ある種のリトマス試験紙の役割を果たしてくれるQ&Aなのかな、という気もします。こちらが世間体の良い職業に就いていないと見るや、見下してきたり哀れんでくるような相手ならば、付き合っても毒にしかならないと思いますね。

p.5
「お前みたいなのがいるから国力が衰退するんだよ」といった内容のことを、キレ気味に言われることもあります。
うーむ、これは酷い。
いわゆる天然全体主義者ってやつでしょうか。参考ツイート。

幸い私はこういう人と現実に関わったことはありませんが、不幸にも関わってしまった場合は速やかに繋がりを断ち切るのが吉ですね。

(つづく)

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2015年11月08日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その8



その7の続きです。

p.118
 なんかそんな風に、お金をかけなくても日常生活の中でやりたいことや面白いことはたくさんあるし、どっちかというとお金よりも時間のほうがやりたいことを全部やるには足りない。だから仕事とかしている暇はない、というのが僕の実感だ。
同感。
過去にも述べたように、人生の時間という希少資源は金融資産とは違って、現在の正確な残高がわからない上に、毎年マイナスリターンになることが確定している特殊な資産なのです。しかも、年齢を重ねるごとにその減少率が確実に大きくなっていく恐怖…。それに比べたら毎年貯金が減っていく恐怖なんて屁みたいなもんです。

p.119
 お金をかけずに生活を楽しむコツというのは一度身に付ければ一生残る資産だ。年をとってからとかお金がギリギリになってから新しいことを身に付けるのは結構しんどいし、人生のうちで早めに身に付けておくことを全ての人に勧めたい。
同意。
変な言い方になりますが、「余裕のある貧乏生活」を一度経験しておくといいですね。これ以下は耐えられないという生活レベルの下限は人によってかなり幅があるので、予めそれを把握しておくことは早期リタイアを計画する上でも重要な作業です。

p.119-120
 お金がなくても楽しく暮らすための心がけとして一番大事なのは、「他人と自分を比べない」ということじゃないかと思う。そして他人と自分を比べなくても平気になるためには、「自分の価値基準をはっきり持つ」ということが必要だ。
同意。
為末大さんが書いていた「幸福の基準を内に持つ」という話とほぼ同じですね。

p.121-122
 ブログを書いていると不特定多数の人が読みにくるので、僕のブログにもときどきよく知らない人(大体ちゃんと文章を読んでいない)が「あなたの考えは間違っています」とか「もっと働いてください」とかコメントをしてくるんだけど、そういうのは全部「あー、あなたの宗教ではそう考えるんですね、僕は違うからよく分かんないけど」って思ってスルーしている。
phaさんクラスの有名人のブログで、いまだにコメント欄が完全オープンになっているケースは珍しいですが、これだけのスルースキルがあればこそできることだと思います。凡人は真似しないほうがいいかも。

p.123
 株とかFXとかは損することも儲かることもあるだろうけど、たとえ儲かってもお金の使い道がないのにさらにお金を増やしても仕方がない気がするし、ゲーム性という娯楽を求めて株やFXをやるんだったら、テレビゲームでもしてたほうが安くて完成度が高くて楽しいんじゃないだろうか。
同感。
資産運用を趣味や娯楽にしてしまうと、合理性よりも楽しいかどうかという感情が優先するのでおかしなことになりがちです。「趣味と実益を兼ねる」のは簡単ではありません。

どちらかと言えば「好きなことは仕事にするな」の法則の方が有効で、趣味と実益は完全に切り離して、趣味はお金を払って楽しむものだと考えるほうが良いと思います。

(つづく?)

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2015年11月06日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その7



その6の続きです。

p.114
 僕は本を読むのが好きなんだけど、本はすごくコストパフォーマンスが高い暇潰しだから読書を趣味にするとお金をあまり使わずに済む。
(中略)
図書館の大きな本棚の前に立つたびに僕はいつも、まだまだ読んでない面白い本がこの世界には無数にあってすごく豊かで嬉しいという気持ちと、「これは一生かけても全部読みきれないだろうな……」という悔しい気持ちとを二つ同時に感じて複雑な気分になる。
同意&同感。
本でもブログでも漫画でも何でもいいんですが、興味があることについて読むのはとても楽しいものです。私の場合、ほかに何もやることがなくて暇なときに、何もせずにぼーっとしているか、何かを読んでいることが多いですね。

何もしない時間が無駄だと思う人なら、「暇だ」と思った瞬間にすぐ読み始められるように、常に近くに読み物を準備しておくといいでしょう。この習慣さえ身に付いていれば、暇を持て余すことは無いように思います。それでも暇だって言う人は、おそらく読むこと自体が好きじゃないのでしょう。

そして、膨大な活字の量に圧倒される人生の有限感は、図書館一つあれば十分実感できますね。それに加えてインターネットまである現代は、時間という資源の希少性がさらに際立つ時代と言えるでしょう。

p.115
 読書、将棋、散歩、園芸が趣味だというと、「老人みたい」って言われたりする。自分でも確かにその通りだと思うけど、まあそれでいいんじゃないだろうか。お金がかからなくて面白いものをお年寄りだけにやらせておくのはもったいないし、(以下略)
同意。
老人には老人らしい趣味があって、若者には若者らしい趣味がある、っていう考え方はおかしいですね。何を面白いと思うかはその人の個性であって、年齢は関係ないでしょう。

p.116
 あと何より安上がりな趣味としては、今ではインターネットの存在がすごく大きい。ネットには無料で無限に暇を潰せる面白コンテンツが無数にあるし、友人や知人との繋がりを持ち続けるツールとしても必須だ。
同意。
無職やるのがこんなに楽しいのもインターネットのおかげです。本当に素晴らしい時代に生きていることを実感します。

関連記事:無職の才能 - phaのニート日記

(つづく?)

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2015年11月04日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その6



その5の続きです。

p.104
 結局人間にとって一番大事なのは「孤立しないこと」なのだと思う。そのために家族という概念が有用なら家族という概念を使えばいいし、それが他のもので代替できるなら他のシステムでもいい。
その1で書いたことの繰り返しになりますが、「孤立しないこと」が大事かどうかは人によります。「人間にとって」みたいに言われると自分が人間でない気がしてきます(笑)。

p.105
家族でも家族以外でもなんでも、孤独にならないためにありとあらゆるツールを利用して生きていけばいいんじゃないかと思う。
このあたりに書いてあることを読んでいると、本書全体を通じてphaさんが繰り返し「孤独にならない」ことを強調するのは、寂しがり屋だから人と繋がっている方が幸福を感じるとか、そういう性格的な嗜好を満たすと言うよりも、人的なセーフティーネット構築という実利面の重要性を説いている、そちらの成分の方が多めなのかもしれないですね。

p.109
普段の生活の中で「お金があればもっと楽なのになー」という場面は結構あるし、お金があれば人生の大体の問題は解決する。お金は万能で素晴らしいツールだ。
そう、その通りです。
ならば、生きていくために利用する「ありとあらゆるツール」の中に、当然お金も含まれていいことになります。万能で素晴らしいツールなんですから、お金があるなら利用しない手はありません。

そうすると結局、孤立していても生きていけるだけの十分なお金さえあれば、人的なセーフティーネットは特に必要ないってことにもなります。人との繋がりを生存のためのツールとして見る必要が無くなった時に初めて、人は人と繋がることが本当に好きかどうかわかるのではないでしょうか。

(つづく)

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2015年11月02日

『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』 pha(著) その5



その4の続きです。

p.064
人間の脳には繁殖を有利にするような行動パターンが遺伝子によって刻み込まれている。例えば性欲や、子どもをかわいいとか育てたいとか思う気持ちなどがそうだ。
 だけど人間は、遺伝子に組み込まれたプログラムに従うだけの他の動物に比べてそれほど行動パターンがきっちりと定められていなくて、人生の中でそれぞれがいろいろな変なことをする。
(中略)
人間の行動は遺伝子に全てが決められるのではなくて後天的に受け取る文化などによって形作られる部分がかなり大きい。そうして人間は単にメシを食って繁殖するだけの生き物であることから抜け出して、言語や文化や思想などを作り上げて、他の動物にはできないような複雑な生を生きるようになった。
この特徴こそヒトが高等生物である所以。
逆に言うと、こういった複雑さに乏しく、ひたすら本能の命ずるままに行動することを優先する生き方に、人間らしさは感じられません。

かなり昔の記事で、「単に本能的な欲求を満たすだけの行為なら無いほうがマシ」みたいなことを書いた記憶があるのですが、今でもそう思ってます。
関連記事:『自由をつくる自在に生きる』 森 博嗣 (著)
やはり私の考え方は森博嗣先生とのシンクロ率が高めのようです。

p.065
 遺伝子から見れば、生物というのは遺伝子をコピーして増やすための乗り物に過ぎない。自分を運んでいる生物がどんな生き方をするか、楽しく生きられるかどうかは遺伝子にとってはどうでもいいことだ。
確かにその通りです。
だからこそ、遺伝子に乗り物として利用されるだけの一生なんて御免被りたい、遺伝子の都合ではなく私という個体の幸福を優先させる生き方をしたい、と強く思いますね。遺伝子から見たら、とんでもない変種の個体に乗っかってしまって失敗したなと思ってるでしょうけど。

p.068-069
「宇宙から見ればどうでもいい」という言葉を僕はよく思い出すようにしている。
 宇宙の持つ数百億年という膨大な時間と数百億光年という膨大な空間の中では、自分という人間が何をやってどう生きようがケシ粒みたいなどうでもいいことだ。全てはほんの一瞬の些細なことに過ぎない。
同感。良い言葉、良い世界観だと思います。
全てがどうでもいい些細な事であるなら、あれこれ悩まずに自分の好きに生きればよいだけではないかと、非常にシンプルな人生観をもつことができます。

(つづく)

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