2012年12月01日

『ニートの歩き方 ――お金がなくても楽しく暮らすためのインターネット活用法』 pha (著) その1



図書館で2ヶ月待ちでした。

 もう一つよく言われる言葉としては「仕事をせずに食うメシはうまいか」「仕事の後のビールはうまい」というようなことなんだけど、これも、仕事をしなくてもごはんはうまいしビールもうまい、と自信を持って言える。僕が働かないことに特に後ろめたさを持っていないからなんだろう。
 というか、ごはんやビールは何もしなくてももともとうまいものだし、仕事をしているかどうかは全く関係ない。そんなところに労働とか倫理の問題を絡めるのはごはんやビールのうまさに失礼だと思う。
酒は飲まないのでビールのうまさはわかりませんが同感です。
むしろ、会社員時代昼休みに慌ててかきこんだランチよりも、無職のいま家でゆっくり食べるランチのほうが美味いのは間違いないと思います。

ネット経由で入る収入は今でも月に七、八万くらいだけど。
年収90万円ほどですか。東京で賃貸暮らしだと厳しい金額かもしれませんが、海外生活も視野に入れれば貯金する余裕も生まれるのではないでしょうか。

Bライフ研究所によると、社会保障の支払いを最小限に抑える理想的な年収のはずですが、
年収80万円くらいだった翌年の保険料は毎月八千円くらいだった。(p.185)
なぜこんなに高くなったのかは謎です。

ネットによって胴元が不要になる
(中略)
病気や事故に遭った人にみんながインターネットから少額のお金を振り込むというカルチャーが定着して順調に回っていったとしたら、それは保険制度と同じような効果を保険会社という胴元抜きで実現するようなものじゃないかと思う。
(中略)
みんなが自分よりお金がなくて困っている人に収入の2%くらいをあげるようになったとしたら、それは現在政府が行っている累進課税や生活保護などの「所得の再分配(金持ちからお金を取って貧乏人に渡すこと)」を、政府という胴元抜きでやっているようなものになるんじゃないだろうか。
その通りで、リバタリアンが目指しているのはこういう自発的な互助・再分配システムですよね。
胴元が民間企業ならまだマシですが、日本国政府のようにテラ銭をぼったくる胴元がいると、金持ちから毟り取って貧乏人に渡すまでの間にどんどんお金が目減りしてしまいます。

何もしないのが偉いってわけじゃないけど、別に何もしなくても全然構わないと思うのだ。人間のすることなんて所詮やってもやらなくてもいいようなことばっかりだ。
同意します。

それに、放っておいたら大体の場合、人間は自然に何かをしようとするものだ。
特にやることもなく時間も体力も気力も余っていて余裕があれば、大抵の人間は自然に何かをしたくなってくる。だから人間は無限に怠惰ではいられない。
そうですね。「退屈」という感情はそのためにあるんだと思います。
ただ、したくなる「何か」が生産的な活動とは限らないので、たとえば放っておいたら自然にゲームがしたくなった場合などは、勤勉な人から見たらやっぱり「怠惰」に見えるのかもしれません。

「無理して頑張らなくても構わない」ということになると、みんな怠惰になって何もしなくなって社会が崩壊してしまうとか言う人がいて、そういう人たちが怠惰な人を叱りつけたり脅したりするんだけど、くだらない。叱ったり脅したりしないと崩壊してしまうようなシステムはロクなものじゃないし、そんなんだったら別に滅んでもいいと思う。
ここも同意。
それで実際に滅んだのが共産主義経済というシステムなわけです。

(つづく)

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