2017年12月20日

「枠組みのない自由」は地獄?

ツイッターに流れてきた面白いツイート。

TRPGとはテーブルトーク形式のロールプレイングゲームのことだそうです。プレイしたことはないのですが、PCゲームだとオープンワールド系のものをイメージすれば近いのかな。

この気持ち、ゲームの中の話なら私にもわかります。何の攻略目標も与えられず、何でも自由にやってみてよと言われても、かえって何もする気が起きなくなり、遅かれ早かれ飽きてプレイをやめてしまうだろうなと。

リアルの世界でも同じような意見をちらほら見かけます。自由すぎるよりも、ある程度の制約がある方がいいみたいな。

この一コマを
「リタイア生活には無限の自由があると信じた無職が、自由を満喫して何していいか分からなくなって叫んだ内容がこちらになります。」
と紹介しても、違和感ない人もいるかもしれません。

でも、「枠組みのない自由」を「地獄のような荒野」とみなすのは、ちょっと違うのではないかと思います。本当に枠組みがないのなら、何もしない自由もあるはずです。何していいか分からない状態を地獄だと感じるのは、何かしなければならないという義務感のようなものに駆り立てられているからでは? 自由にそのような条件が付いているのなら、最早それは「枠組みのない自由」ではありません。

それは自主的に決めた枠組みにすぎないので、取り外すのもまた本人の自由なんですが、自由が地獄だと言う人はなぜかそれに気付かない傾向があるような気がします。

俺は「自由」より「犬の首輪」がほしいと言うのなら、それを与えてくれる誰か(何か)を探すのもまた自由です。忠犬契約でも何でも、当事者同士で好きに合意すればよいだけです。自由なんだから誰にも依存せずに自立しなければならない、とは一言も言ってないわけです。これが本当の「枠組みのない自由」という概念だと思います。

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