2017年06月23日

それ、「押し付け」でも何でもないから

ダイヤモンド・オンラインの記事より。
結婚宣言をしたことで、ファンから壮絶なバッシングを受けているNMB48の須藤凜々花さん。日本のアイドルは伝統的に恋愛を謳歌することが認められないが、これは世界的に見て特異な文化だ。なぜこんなことになっているのだろうか?
diamond.jp
芸能ニュースには疎いのですが、ツイッターのTLを眺めていると嫌でもこういう記事が目に入ってきます。アイドルがやらかしたことが話題になっているようですね。

無駄に長い記事を簡潔にまとめると、「禁欲を押し付ける」ファンの方が異常なのであり、アイドルは異常者たちの犠牲者なんだそうです。

いやいや、それはおかしいでしょ。

そもそもファンを含めて禁欲を「押し付け」ている人はどこにもいません。アイドルグループに加入するときの契約(雇用なのか業務委託なのか知りませんけど)の条件の一つに恋愛禁止条項があって、契約当事者双方が合意の上で契約が成立しているわけで。

気に入らなければ契約しないのも自由、禁止条項を外すように個別に交渉するのも自由、恋愛もできないAKBなんか脱退してソロで活動したり、恋愛自由を謳うアイドルグループを結成するのも自由です。数多の選択肢がある中で、禁止条項付きの契約を自ら選択したのです。当事者の契約違反の責任を棚に上げて、周囲からの「押し付け」のせいでこうなったと主張するのは無理筋というものでしょう。

この記事に限らず、「押し付け」や「強いる」のような強制を意味する言葉が、全く強制のないところで使われているのをよく見かけます。

たとえばこちらの連載タイトル。
ボクらは「貧困強制社会」を生きているの記事一覧。
toyokeizai.net
「貧困強制社会」と言いつつ、誰が何を「強制」しているのか意味不明な記事ばかりが並んでいます。

政府が国民に重税を強制しているせいで貧困になっているという意味ならその通りだと思うんですが、そのような問題提議ではなさそうです。

関連ツイート:


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2017年06月19日

「ザ・ノンフィクション 会社と家族にサヨナラ…ニートの先の幸せ 前編」



3年前に放送された前回とは違って、なかなか良い感じの番組でした。一つ気になったのは、一戸建てを5人でシェアして1人4万円って高くないですか? やっぱ東京は弱者が住む街じゃないなと思いました。

経済的弱者同士が寄り集まることで生活コストを抑え、有志からの私的な支援に支えられながら幸せそうに暮らしているのを見ていると、こっちまで幸せな気持ちになります。そこにある協力関係は全て任意のもので、誰かに何かを強制した上に成り立っているものではない点が素晴らしいと思います。

ところが動画のコメントに酷いものが目立ちます。評価順で最上位のコメントがこんなのですよ。
怒られたくない、早起きしたくない、打たれ弱いから働けない、自由に生きたい、家族との関係から逃げたい?

彼女や家族に支えられ、ネットを通じて人からものやお金を恵んで貰い、収入を考えるとおそらく国民年金保険料免除制度(年金を払わなくても年金がもらえる制度です)などを申請しているでしょうし、貯蓄のない老後は生活保護を受給し正規年金受給者より安定した金額を貰う。

自由を謳うなら、あれこれ自分に言い訳せず、苦手と言い切る社会に支えて貰うのはやめて欲しい。

こんな積極的ニートに汗水垂らして納めた税金使って欲しくない。
「社会に支えて貰う」つもりなら真っ先に生活保護申請してるはずでは? 前編を見る限り、税金に頼る生き方を紹介している番組ではありません。とんだ言いがかりだと思います。

彼らは彼らなりに苦労しながら、「社会」の世話にはなるまいと自発的に互恵関係を構築したり有志の寄付を獲得しながら、あくまでも私的領域で各自の幸福を追求しているだけなのに…。彼らが頼んでもいないのに「税金」がどうのこうのと、公的領域の問題を持ち出してきて騒ぎ立てるのは的外れだと思います。

このまとめも色々と酷いですね。このようなネガコメの多さに驚くばかりです。やれやれ…。
ザ・ノンフィクション 会社と家族にサヨナラ・・・ニートの先の幸せ 社会的弱者の自己弁護は容認されるべきか? ザ・ノンフィクション - フジテレビhttp://www.fujitv.co.jp/th...
sharetube.jp


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2017年06月03日

ブログ開設9周年

当ブログ満9歳の誕生日を迎えました。
40歳で早期リタイアしてから早くも10年が経過し、ついに50代に突入。
最新の生命表によると、50歳男性が50代のうちに死亡する確率は
(96006-91308)/96006=4.9%
もあります。

この数字を見ると、老化によって病気や死のリスクが着実に増えていることを実感しないわけにはいきません。これからも毎日、悔いのないように自由な人生を楽しみたいと思います。

一年前の記事。
当ブログ満8歳の誕生日を迎えました。 1年前の記事はこちら。 ブロク開設7周年当ブログ…
koutou-yumin.seesaa.net


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2017年06月02日

自己責任を主張すると病人扱いされ、見当違いなクスリが処方される件

望月優大さんのブログより。
本田圭佑氏のツイートが話題になっていた。若い世代の自殺に関するニュースを取り上げて「他人のせいにするな!政治のせいにするな!!」と吼えている。ああ、このツイートは見たくなかった。好きなサッカー選手であるだけに個人的には残念な気持ちになった。…
hirokimochizuki.hatenablog.com
ツイッターの反応を見ると大好評なのですが、読んでみると全く同意できるような内容ではありませんでした。

そもそも本田圭佑さんのツイートからして意味不明なんですがね。若者の死因で自殺が最多であるというニュースを見て「他人のせいにするな!」って文脈的におかしいでしょ。でも自殺の文脈から切り離して眺めてみると、政治はともかく他人のせいにするなってのは至極真っ当なご意見だと思います。

自分は自分の力で頑張ってきたんだという強い自意識があるから、社会的な弱者に対して「他人のせいにするな」と平気な顔で言い放ってしまう。自分が成功したのは自分ががんばったから、そして、他人が成功しなかったのは他人ががんばらなかったから。あまりにも単純で、あまりにも狭い。物事の複雑な因果を一つの偏狭な図式に当てはめて理解し、それによって成功者としての自分の過去に肯定的な価値を与える。
成功者ならみんなこう考えているに違いないというストーリーですね。これこそ発言者の属性に囚われた「偏狭な図式」と呼ぶに相応しいものです。「成功者」への著しい偏見に満ちていると感じます。

成功や失敗の過程で頑張ったとか頑張らなかったとか、どうでもいいことだと思います。頑張りの有無によって、誰のせいにするかが変わるんですか? 頑張っても失敗してしまった場合、他人のせいにしてもよいのですか?

今日もまた一人、また一人と、成功者たちが「自己責任論」のダークサイドに墜ちていく。
自己責任というのは自由と表裏一体で、他者侵害の禁止から自然に導かれるだけの消極的な原則にすぎません。たとえば「俺が成功しないのはお前の責任だから何とかしろ!」と言いがかりを付けてくるような侵害行為に対して、「自己責任でしょ」と言って防衛する場合、ダークサイドなのは一体どっちなのかという話です。

この記事のタイトルにある「自己責任を求める成功者」という表現からして既に奇妙に見えます。本来なら自己責任は積極的に「求める」ようなものではないからです。「自己責任を求める」レベルまで踏み込まざるを得ないのは、この国では他者を侵害する側の「権利」(社会権)を主張する輩の声がやたら大きく、隙あらば「弱者を助ける」ことを強制してくるからです。

で、出てきたクスリとやらがこれ。
この国には、自分一人の力で富を得たものは一人もいません。一人も!あなたが自分で工場を建てた。いいでしょう。 ただ、明確にしておきたいと思います。あなたの商品を市場に運ぶための道路、この道路は残りの私たちがお金を出し合ってつくったものです。あなたが雇う労働者たち、彼らに対する教育も残りの私たちがお金を出し合って提供したものです。
富を獲得した成功者はみんな「自分一人の力で」それを成し遂げたつもりになっている、という勝手なイメージを膨らませているようですが、事実は全く逆で、市場経済の下で投資家、労働者、消費者などの大勢の他人と必要なものを自発的に交換し合うことによって富を得たはずなんですけど?

道路や教育に税金が使われているからって、それがどうしたというのでしょう。受益者負担の構造になっていないのならそれは事業主である政府の責任だし、もし政府が経済に介入していなければ、代わりに民間企業が必要なサービスを提供していただけのことです。それを規制している張本人である政治家がいったい何を言っているのかと。

いずれにせよ、「他者侵害をしない」という意味の自己責任論とは関係のない話です。

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2017年05月09日

暇と退屈は別物

漂泊民さんのブログより。
僕は常にヒマ人であり、またそうあろうとしている。 忙しければ余計なことは考えない。しかし、僕はヒマ人であることで「余計なこと」を考え続けようと思っている。 初出 2016/11/1 僕がヒマ人的生き方をするようになってから随分と経つ。 自分がヒマ人だなんて全く自慢できるこ
hyohakumin.hatenablog.com
僕がこのブログで、あるいは会う人たちにヒマ人だと言うと(ついでにビンボーだとも言っているがこちらはスルーされる)中には「退屈ではないか」と問われることがある。

そういう人たちのご期待に沿えず、僕は全く退屈はしていない。
分かります。

本を読んだり、ネットを徘徊したり、散歩したり、喫茶店に行ったり、古本屋に行ったり、ラジオを聴いたり・・・とやることは沢山ある。あっ、それとこのブログを書いたり、ブログのネタを考えたりすることも大切な時間である。

そうこうしているうちにあっという間に1日は終わる。退屈どころか時間が足りないくらいだ。
ほんと、退屈する時間なんてどこ探しても見つからないんですよね。
「退屈ではないか」という問いを発するような人とは永久に分かり合えないのだと思います。それでいいんです。感性の違う人と分かり合う必要はありません。お互いに関わりを避けて共存すればいいだけです。

思い返してみると、僕が退屈さを感じたのはたくさん働いていた頃で自由な時間が意に反して奪われていたときだった。

ヒマ人的生き方を続けているかぎり、僕は退屈だと感じることはない。
全く同感です。
義務として淡々と処理するだけの会社の仕事こそ「退屈」と呼ぶに相応しいものだったことを思い出します。会社員を続けることがあまりにも退屈だったから、さっさと早期リタイアして退屈しない生活を手に入れたわけです。

念のためにウィキペディアを見てみましょう。
暇 - Wikipedia
暇(ひま、いとま)は、余った時間。することがない状態。
暇とは客観的な状態のことなので感情は関係ありません。「することがない」をネガティブに捉える人もいるのでしょうが、私のように積極的に暇になろうとするタイプの人は「やるべき義務がない自由な時間」とポジティブに捉えているわけです。

退屈 - Wikipedia
退屈(たいくつ)は、なすべきことがなくて時間をもてあましその状況に嫌気がさしている様、もしくは実行中の事柄について関心を失い飽きている様、及びその感情である。
退屈とは主観的な感情ですから、暇な状態でも「嫌気がさしている」のでなければ退屈とは言えません。

後段の「実行中の事柄について関心を失い飽きている様」というのがまさに会社員時代の私です。毎日仕事に忙殺されていても、なんてつまらないことに時間を消費しているのだろうと思っているならそれは「退屈」なんです。

漂泊民さんの記事は、「暇」になると自動的に「退屈」が付いてくるものだと思い込んでいる人に、両者が全くの別物であると気付かせてくれる良記事だと思います。

関連記事:
アマゾンに「同世代に何ももたらさない唯我独尊人生論。」というタイトルの★1レビューがあるように、充実し…
koutou-yumin.seesaa.net
ゆとり隊長さんのツイートより。僕も無趣味に分類されるタイプだと思うけど、時間はいくらあっても足りないよ(´・ω・`)汗無趣味な人はリタイアに向かないことを自分自身で証明してしまった - 週休5日のセミリタイア生活 https://t.co/qhb0Oizj39— ゆとり隊長@年100万円生活 (@yutori_ing)
koutou-yumin.seesaa.net



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2017年05月01日

「大病したらどうするの?」ってこっちが聞きたいかも

cubさんのツイートより。
早期リタイアのような経済的リスクを多めに取る生き方を選択する人に対して、「大病したらどうするの?」という質問(煽り文句?)は定番中の定番ですね。「〜したらどうするの?」シリーズで打線組んだら堂々の4番打者。

私の答: 「べつにどうもしません。」

「座して死を待つ」という意味ではなくて、払える範囲の医療費は払って余命を伸ばそうとするとは思います。もちろんそのときの年齢やQoLによっては治療をしない選択もあり得ますが。

ではリタイアせずに現役を続けている人が大病した場合、リタイアしなくて良かったと思える何かがあるんでしょうか? 経済的余裕ですか? 確かにそれはあるでしょうが、つぎ込める医療費の差が生死を分けるほどのリスクになりますかね。金が足りないから死ぬのではなくて、病気を治すすべがないから死ぬことの方がずっと多いと思います。

もし大病の中でも最悪のケースである突然死や、癌で余命1年とかになってしまった場合は、逆になぜもっと早くリタイアしなかったのかと悔やむことにはならないのでしょうか? 経済的リスクばかりを限りなくゼロに近づけようとして、もう若くもないのに惰性で仕事を続けている人の方こそ、「大病したらどうするの?」という質問に答えてみたらどうかなと思います。

早死にするリスクなんて承知の上だから「べつにどうもしません。」が彼らの答なんでしょうかね。それならば、相手がとんでもないリスクを取っているように見えるのはお互い様ということになりそうですが…。

関連記事:
cubさんのブログより。 無職への道 40代で一区切り: 健康寿命はあなたが思っているよりずっと短いですよ 大体、男性で70代前半 簡易生命表から自分の寿命を考えよう 最近は老後破綻やら下流老人などぶっそうな話がゴロゴロ出てきていますが そんなに老後が不安ですかね だって、誰でも必ず死…
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2017年04月15日

「現役」の範囲を自由に拡大して年金制度を守るだけの簡単なお仕事

70歳までを「ほぼ現役世代」とし、この年齢まで働ける社会にすべきだ――。65歳以上 - Yahoo!ニュース(朝日新聞デジタル)
headlines.yahoo.co.jp
このようなニュースがあることを安西英雄さんのブログで知りました。
ツイッターで知ったのですが、 70歳までは「ほぼ現役」とする 提案がされているようです。 headlines.yahoo.co.jp このニュースに対して色んな反応がありますが、 個人的には「定年なんて自分で決めればイイじゃん」 としか思いません。
h1deo.hatenablog.com
このニュースに対して色んな反応がありますが、
個人的には「定年なんて自分で決めればイイじゃん」
としか思いません。
どちらにせよ私は政府や他人が決める定年は無視して
自分が必要な最低限度だけ働きたいと思います。
たいへん共感する考え方です。
何歳まで現役かを政治で決めようとするのは異常です。他にも似たような事例は山ほどありますが、政治が個人の領域にズカズカと土足で踏み込んでくるのはいい加減やめてもらいたいですね。

しかし定年の話しが出ると
「○○歳まで働かなければいけないのか…」
なんて反応がよくありますね。
嫌なら辞めればいいのに何が問題なんでしょう?
ツイッターを観察していると、確かに「○○歳まで働かなければいけないのか…」的な反応が多めですが、これって正確には「○○歳まで年金が貰えない流れになりそうので仕事を辞められないのか…」という意味なんでしょうけどね。つまり、生きていくためには働くか、年金を貰うかの二択しかないと考えている人が多いわけです。早期リタイア志向の人間から見れば信じられないことです。

このようにリタイア後の生活が公的年金制度に依存している人は、それが逃げ水のように遠ざかっていくだけでも人生設計の修正を余儀なくされます。ましてや、破綻でもしようものなら目も当てられません。一度きりの自分の人生、一国の政府に振り回されっぱなしで終わってしまうのは非常にもったいないことだと思います。

最後に元記事から引用。
70歳未満までを現役とすると、2065年に高齢者1人を現役世代1・3人で支えるようになるとの推計が1・8人となるといい、片山氏は「完全な『肩車型社会』にはならずに乗り切れる」と述べた。
無理やり感が半端ないですな。
こんなふうに「現役」の範囲を自由自在に調整していいのだったら、年金制度を維持するなんて誰でもできます。サッカーで言えば勝手にゴールを小さくしておいて「見ろよ。ゴールは死守してるだろ!」とドヤっているようなもの。こんないい加減なルールのゲームからはさっさと降りるのが賢明です。

関連記事:
昨年セミリタイアを達成されたNightWalkerさんのブログにこんな記事がありました。 リタイヤの資金計画はどういう順番で考えるべきか?: NightWalker's Investment Blog:アーリーリタイヤするためには、当たり前ですが、お金が必要です。 その資金計画で、たまに、  公的年金の計画がない人 がいます。…
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2017年03月15日

団塊世代が国民年金保険料を多めに払った、って本当?

同じ日経の記事より。
 20歳になると年金制度の対象になりますが、国民年金保険料の納付率は6割強にとどまります。厚生労働省の「国民年金被保険者実態調査」によると、滞納理由で多いのは「保険料が高く、経済的に支払うのが困難」という回答です。保険料は年間で20万円に迫り…
style.nikkei.com
年金財政には年金積立金という存在もあります。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が運用し百数十兆円にも上ります。この一部も年金給付に使っています。金額が積み上がったのは「団塊世代が保険料を多めに払ったためで、これがないと現役世代の保険料はもっと上がっていた」との見方があります。
「団塊世代が保険料を多めに払った」とか書いてありますが、人口が多い世代が払う保険料の総額が多くなるのは当然すぎますので、一人あたりの保険料負担も多めだったと言いたいのでしょうか? では、どの世代と比べて「多め」なのか書いてくれても良さそうなものですが…。

気になって少し調べてみたのですが、過去55年間の国民年金保険料とインフレ率の変遷を見る限りでは、ごく最近(2011年〜2014年)の例外を除いて、インフレ調整後の保険料の上昇率は常にプラスだったという事実がわかりました。つまり、保険料負担は過去55年間ほぼ一本調子に増え続けてきたということです。

したがって、団塊世代だけでなくどの世代においても、年上世代よりは多めに払っているし、年下世代よりは少なめに払っていることになります。「保険料を多めに払っている」というのは、むしろ現役世代の方から団塊世代に向かって言うべきセリフであって、日経の記事のように団塊世代が現役世代に向かってドヤるためのセリフではありません。

参考までに、調べたデータを置いておきます。
当初の月額100円は現在の物価に換算してもたったの444円です。現在の保険料と比較して、負担の格差が35倍以上というとんでもないレベルに拡大していることがお分かりいただけるかと思います。

保険料を納付する月分月額物価指数月額(現在価値)保険料上昇率(実質)
昭和36年4月〜昭和41年12月\10022.5\444 
昭和42年1月〜昭和43年12月\20027.4\72964.2%
昭和44年1月〜昭和45年6月\25029.7\84115.3%
昭和45年7月〜昭和47年6月\45033.9\1,32657.7%
昭和47年7月〜昭和48年12月\55039.6\1,3884.6%
昭和49年1月〜昭和49年12月\90049.2\1,82731.7%
昭和50年1月〜昭和51年3月\1,10055\1,9989.3%
昭和51年4月〜昭和52年3月\1,40060.2\2,32316.3%
昭和52年4月〜昭和53年3月\2,20065\3,38145.5%
昭和53年4月〜昭和54年3月\2,73067.5\4,04019.5%
昭和54年4月〜昭和55年3月\3,30069.9\4,71616.7%
昭和55年4月〜昭和56年3月\3,77075.5\4,9885.8%
昭和56年4月〜昭和57年3月\4,50079.2\5,67613.8%
昭和57年4月〜昭和58年3月\5,22081.3\6,41413.0%
昭和58年4月〜昭和59年3月\5,83082.8\7,0349.7%
昭和59年4月〜昭和60年3月\6,22084.7\7,3364.3%
昭和60年4月〜昭和61年3月\6,74086.4\7,7936.2%
昭和61年4月〜昭和62年3月\7,10086.7\8,1815.0%
昭和62年4月〜昭和63年3月\7,40086.6\8,5364.3%
昭和63年4月〜平成元年3月\7,70087\8,8423.6%
平成元年4月〜平成2年3月\8,00089\8,9801.6%
平成2年4月〜平成3年3月\8,40091.7\9,1511.9%
平成3年4月〜平成4年3月\9,00094.8\9,4843.6%
平成4年4月〜平成5年3月\9,70096.3\10,0636.1%
平成5年4月〜平成6年3月\10,50097.4\10,7707.0%
平成6年4月〜平成7年3月\11,10097.9\11,3275.2%
平成7年4月〜平成8年3月\11,70097.6\11,9765.7%
平成8年4月〜平成9年3月\12,30097.6\12,5905.1%
平成9年4月〜平成10年3月\12,80099.2\12,8902.4%
平成10年4月〜平成11年3月\13,30099.9\13,3003.2%
平成11年4月〜平成12年3月\13,30099.5\13,3530.4%
平成12年4月〜平成13年3月\13,30098.6\13,4750.9%
平成13年4月〜平成14年3月\13,30097.7\13,5990.9%
平成14年4月〜平成15年3月\13,30096.6\13,7541.1%
平成15年4月〜平成16年3月\13,30096.3\13,7970.3%
平成16年4月〜平成17年3月\13,30096.3\13,7970.0%
平成17年4月〜平成18年3月\13,58095.9\14,1462.5%
平成18年4月〜平成19年3月\13,86096.2\14,3931.7%
平成19年4月〜平成20年3月\14,10096.3\14,6271.6%
平成20年4月〜平成21年3月\14,41097.8\14,7190.6%
平成21年4月〜平成22年3月\14,66096.4\15,1923.2%
平成22年4月〜平成23年3月\15,10095.6\15,7793.9%
平成23年4月〜平成24年3月\15,02095.4\15,728-0.3%
平成24年4月〜平成25年3月\14,98095.4\15,687-0.3%
平成25年4月〜平成26年3月\15,04095.8\15,6840.0%
平成26年4月〜平成27年3月\15,25099\15,389-1.9%
平成27年4月〜平成28年3月\15,590100\15,5741.2%
平成28年4月〜平成29年3月\16,26099.9\16,2604.4%



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2017年03月14日

国民年金はすべての世代で払い損はない、って本当?

日経の記事より。
 20歳になると年金制度の対象になりますが、国民年金保険料の納付率は6割強にとどまります。厚生労働省の「国民年金被保険者実態調査」によると、滞納理由で多いのは「保険料が高く、経済的に支払うのが困難」という回答です。保険料は年間で20万円に迫り…
style.nikkei.com
厚生労働省は14年の財政検証に基づき、年金の世代間の給付と負担の差を試算しています。様々な経済状況下で各年齢の人が平均余命まで生きたと仮定し、満額払った保険料に対して受け取る年金の総額を出しました。「国民年金はすべての世代で保険料の払い損はないという結果でした。半分が税金で支払われているからです」とみずほ総合研究所の堀江奈保子上席主任研究員は指摘しています。
厚生年金は労使折半だからお得という誤解とよく似た話で、加入者が直接負担する保険料しか計算に入れていないことが誤りなのです。「半分が税金で支払われているから」その分は計算に入れなくていいのですか? そんなわけないでしょう。その税金は誰が払っているのでしょうか…。

さらに国民年金の場合は国庫負担のうちのざっくり半分は国債で将来世代へ先送りしているので、先行世代がその分だけ得をするのは当たり前とも言えます。もし仮に税負担も含めて試算した結果が「すべての世代で払い損はない」だったとしても、ここで言う「すべての世代」とは、先送りされた借金を負担せずに逃げ切れる世代だけを指しています。「将来世代も含めて払い損になることはない」とは一言も言っていないわけです。逃げ切りラインがどこになるかの予想は難しく、自分が将来世代の方に含まれない保証などどこにもありません。

このように、負担を見えにくくして先送りする一方で受益は見えやすく強調することで、誰もが得をするような錯覚へ誘導するのは、公営制度設計における常套手段です。厚労省の試算が結論ありきなのは当然として、民間企業の「上席主任研究員」ともあろうお方がそれを知らないはずはなく、何らかの意図があって全力で年金制度をヨイショしているようにしか見えません。

将来世代をも巻き込む莫大な税負担がなければ支えきれないような欠陥制度を、何とかして擁護しようと必死で屁理屈をこねくり回すのは、そろそろやめにしましょう。

関連記事:
NightWalkerさんのブログにこんな記事がありました。 「年金は払い損」と考えるのは間違い: NightWalker's Investment Blog 日経の元記事を読んでみたらなんとも言えない違和感が…。 ■年金は働けないとき所得を補う社会保障で…
koutou-yumin.seesaa.net
菟道りんたろうさんのブログより。
koutou-yumin.seesaa.net
アマゾンのレビューは異様なほど高評価ですが、いまいちでした。「世界一わかりやすい経済の本」という副題はどう見ても偽りかと…
koutou-yumin.seesaa.net
p.206-207 国民年金は、所得にかかわらず60歳まで定額を積立て、65歳から定額の年金を…
koutou-yumin.seesaa.net


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2017年02月10日

自分に不要な選択肢は「なくなったほうがいい」のか?

ゆとり隊長さんのツイートより。引用されていた元ツイート。

ある人にとっては絶対に合意できない酷い契約条件だったとしても、言えるのはそれが自分には不要ってだけのことで、それが世の中から「なくなったほうがいい」とまで言ってしまうのは、その条件で合意する人がいる可能性を無視している点で「想像力不足」だと思います。

この例で言えば、子供産んだら働けなくなる職種でも、そんなことはどうでも良いと判断する人がいる可能性を無視して、彼らの選択肢が減るほうがいいと言っているわけです。自分が選択しなければ済むだけなのに、なぜかその選択肢ごと世の中から消し去ることを希望する発想には、不同意と言わざるを得ません。さらに言えば、その発想が無邪気な善意から来ているのだろうと想像できるだけに、余計に怖さが募ります。

どんな条件の雇用契約も、なくなるか存続するかは雇用者一人ひとり、労働者一人ひとりの選好次第で自然に決まればよいことで、自分の選好を「世の中に存在すべきか否か」という視点にまで拡大して適用すること自体が大きな間違いだと思います。自分とは価値観の異なる他人同士がどこでどんな契約を結ぼうが、第三者が干渉することではないでしょう。


話は変わりますが、受動喫煙防止の件も、本来は店と客それぞれが自由に選べばよいだけの話を、喫煙可能な店が「なくなったほうがいい」を実現する方向へ規制が着々と進んでいるのも由々しき事態です。私は嫌煙家なので喫煙可能な店など選ぶことはありませんが、自由な経済活動を阻害する規制をこうも簡単に許していたのでは、国民自身がどんどん貧しくなるだけだと思います。関連ツイート:
関連記事:
netgeekさんの記事より。 【炎上】AbemaTVがタダ働きの奴隷を募集。「タレントに予算を使っているので時給0円です☆」テ…
koutou-yumin.seesaa.net


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