2016年02月01日

Feedlyボタン設置

フィードリーダーをGoogle ReaderからFeedlyに乗り換えたのは、いつのことだったか…。
Google Readerのサービスが7月1日をもって廃止されました。 使い慣れたサービスだったのでギリギリまで使い続けてましたが、廃止直前にFeedlyへの移行を済ませました。…
koutou-yumin.seesaa.net
2年半前でしたね。
もっと前から使っているような気がするぐらい、今ではすっかりFeedlyに馴染んでしまいました。

まさか今だにフィードリーダー使わずに、巡回先を一個ずつ訪問して更新の有無を目視で確認してる人、いませんよね…。それは途轍もない時間の無駄遣いなので、今すぐFeedly使い始めましょう。Googleアカウントにログインした状態なら、サインアップは瞬時に完了します。

今更ながら、当ブログにも左サイドバーに大きな [Follow on feedly] ボタンを設置してみました。「フォロー」なんて書いてますが、フィードを受信したいブログを自分のフィードリーダーに追加するだけのことで、ツイッターのフォローとは全くの別物です。追加された側に通知は来ないし読者のアカウントは特定できませんのでご安心を。

参考記事:
今やNo.1RSSリーダーとなったFeedlyの購読ボタンをブログに設置します。これであなたのブログのアクセスアップは間違いなし!!
iinamotto.com


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2016年01月27日

ブログカードの貼り方

貧BPさんのブログより。
 いままでうちのブログって、こんな感じでリンクを貼ってましたよね?ノマドリストで外こもり先を探そう これ、ダサいなぁと前々から思ってたんです。...
etrip.blog.fc2.com
なるほどと思い、私もブログカード形式でリンクを貼ってみることにしました。

ただ、はてなのテンプレートを使う方法だと、リンクの参照元が hatenablog.com になってしまうそうで。
はてなブログのブログカードが拡張され、OGPにも対応しました。これによりOGPが設定されているサイトは、ブログカード形式でリンクを貼ることができるようになります。
mbdb.jp
リファラーを見ていて気づいたんですが、ブログカードでリンクを挿入すると、参照先がhttp://hatenablog.com/となり、リンク先ブログのアクセス解析からは自分が発リンクしたことが伝わりません。

これは残念なので他の方法を探したところ、次の記事を発見。
ブログを書いていて、他のブログやニュースサイトなどにリンクを貼る機会は多いですよね。その際に、単に青い文字でテキストリンクを貼るのが従来のやり方でしたが、これでは少々見栄えが劣ります。 そんな中、様々なブログを巡回していると、はてなブログにはカッコイイ見栄えの良いリンクが散見されることに気が付きます。...
utunet.com
とりあえずこの方法でブログカードを貼ることにしました。

この方法にも一つ難点があって、ブログカード内に引用される本文の長さが長すぎる場合があることです。この文字数を制限する方法がわからないので、長すぎる場合はコピペした後に編集して短くしています。

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2016年01月23日

速い思考と遅い思考

Rootportさんのブログにこんな記事がありました。
あの人がいつも間違ったことを言う理由。/ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』感想 - デマこい!

この本は未読ですが、類似の本を何冊か読んでいるので既視感の強い内容ではありました。

そんな中で腑に落ちなかったのがここ。
 たとえば、あなたが10回続けてコイン投げに負けた場合を想像してほしい。11回目にあなたが勝てる確率は何%だろう?「遅い思考」を磨いてきた人は、きっとこう答えるはずだ。「50%、コインは記憶を持たない」──数学のテストなら、それが正解だ。けれど現実の生活に当てはめれば、そんな答えを出すやつはいいカモだ。なぜなら、そのコインは細工されている可能性が高い[*3]。「遅い思考」に縛られるあまり、現実には役に立たない結論を出してしまう人のことを「頭のいいバカ」と呼ぶ[*4]。
「そのコインは細工されている可能性が高い」って、どうしてわかるのかなあと。ここに書かれている情報だけでその結論を導く方法を私は知りません。出典は
[*3]ナシーム・ニコラス・タレブ『ブラックスワン』ダイヤモンド社(2009)上巻p227
だそうですので、この本を読めってことですね。さっそく図書館で予約しておきます。

そういう結論になる理由がわからない今の私が考えたのは、次のような事です。
通常1/2の確率で勝てるはずの勝負に10回連続で負けたのなら、それは単なる偶然ではないだろう――こういう類の推測が「速い思考」によって瞬時に閃く人間の脳って、確かによく出来ているなとは思います。しかしだからと言って、推測の域を出ない未知の事柄を既知であるかのように錯覚しかねない速い思考が、遅い思考よりも現実の役に立つとは言えないと思います。むしろその錯覚が災いをもたらすことも少なくないのではないかと。

たとえば「株価が10日連続で下落したのなら、それは単なる偶然ではない。下がり続ける原因があるはずだ。だから11日目も下落するだろう」みたいな思考様式で、全力で空売りを始める人がいたらどうでしょうか。その速い思考が正しいかどうか検証する手がかりさえないのに、よくそんな無謀なことができるなあと思いませんか。

個人的経験から言えば、「遅い思考」が得意で、なおかつ「遅い思考」の限界を知っている人がいちばん一緒に仕事をしやすかった。「数字で分かるのはここまで。ここから先は分からない」と判断したら、パッと思考方法を切り替えられる人。
確かに、遅い思考ではどんな結論も導けない状況において、何らかの意思決定が必要な場面もあることは否定しません。そういう場面での速い思考への頭の切り替えは、特に訓練しなくても本能的にできる事だと思います。人間の脳は生まれつき速い思考ができるように設計されているからです。しかしその逆方向への頭の切り替えは、後天的な訓練によって初めて身に付く能力です。

「遅い思考」にステータスを全振りしている人よりも、場面に合わせて2つの思考を使い分けられる人のほうが、頭いいなあと私は感じる。
場面に合わせて2つの思考を使い分けるためには、遅い思考に全振りするぐらいでちょうど良いバランスになると私は感じます。それぐらい、脳内の2つの思考の非対称性は大きく、放っておくと速い思考の方が支配的に振る舞う特性を持っていると思います。

関連記事:
9.11のテロ後1年間、恐怖に駆られて移動手段を(より安全な)飛行機から(より危険な)車へシフトした米国人が増え、その結果命…
koutou-yumin.seesaa.net
手持ちの本がなくてしばらく読書から離れていましたが、図書館で予約していた本がどっさり回ってきたので一気に忙しくなりそうです。…
koutou-yumin.seesaa.net
404 Blog Not Found: 予想以上に合理的! - 書評 - 予想ど…
koutou-yumin.seesaa.net


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2016年01月20日

死ぬほど嫌いな奴が億万長者になったら…

ツイッターを眺めていたらこんなツイートが流れてきました。

私は骨髄反射レベルの反応速度で前者を選びます。この条件で後者を選ぶ可能性は万に一つもありません。

この意思決定は最後通牒ゲームの拒否権とよく似ています。気に入らない他人を懲らしめるためならどの程度まで損をする(利益をもらい損ねる)ことを受け入れるか、その閾値がどのあたりにあるかは人それぞれなので、微妙な金額に設定すると判断が大きく分かれます。

ツイッター検索すると賛否両論の様々な反応があって面白い。

他人を懲らしめるために払ってもよい金額の閾値が低い人と高い人ではどこが違うのでしょうか?

経済合理性のみを追求するなら他人がいくら得するかなどどうでもよいことなので、そんなことのために一銭たりとも身銭を切る理由はないはずです。しかし生身の人間には嫉妬という不合理な感情があり、閾値が0になることはありません。

ズバリ、この閾値は自分の心に潜む嫉妬という感情に衝き動かされる度合いを表していると言えます。気に入らない他人を億万長者から一文無しにまで引きずり下ろすためなら100万円払ってもいいと判断する人は、私から見れば相当に嫉妬深い人です。

正直、こんなに高い金額の事例で損する方を選ぶ人がここまで多いとは思っていなかったので驚いています。多くの日本人が経済合理性よりも嫉妬を優先した行動を取るのなら、そりゃ金持ちイジメが合法化されてしまうのも必然と言えましょう。

関連記事:
昨日の記事の続きです。 「日本人はアメ…
koutou-yumin.seesaa.net


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2016年01月18日

価格を「強制」しているのは誰なのか

ツアーバス事故の件でこんなニュースが目に入りました。

平均で下回らなければ…ツアー発注額下限を誤認 : 社会 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
バス運行会社「イーエスピー」が国の定める最低基準額を下回る運賃で受注していた問題で、(中略)
道路運送法は1回の運行でも下限額未満となることを禁じており、(中略)
国土交通省によると、バス運行会社に支払われる下限額は約26万4000円だったが、イー社は約19万円で受注していた。
これにはびっくりです。
もちろん、このニュースで驚くべきポイントは取引価格が19万円だったことではありませんよ。
民間企業同士の取引価格の下限を国が法律で定めているという事に驚きを隠せません。いったいこの国の政府はどこまで経済に介入すれば気が済むのでしょうか。

読売新聞も、政府が勝手に決めた価格の方がおかしいのではないかという疑いを挟む姿勢は微塵もなく、民間企業同士の自由意思で決まった価格の方が「問題」って、大本営発表そのまんまじゃないですか。最後の仕上げにこんな観光庁のコメントまで垂れ流してくれて、どこまで御用メディアなんだか…。
観光庁によると、旅行会社がバス運行会社に値引きを強制するなど同法に違反する運賃を設定した場合、国交省から通報を受けた都道府県などが旅行業法に基づき、旅行会社を行政処分することになる。
あのですね、民間企業同士の取引で「値引きを強制」って、いったいどうやって? 相手方の合意なしに一方的に価格を押し付けられるわけないでしょう。
意味不明な法律で価格を「強制」しているのはあんたらの方でしょうが。(怒)

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2015年12月24日

1億総クレクレ社会へ向かう日本

東京都議会議員おときた氏の公式サイトにこんな記事がありました。

【メモ】3人目以降の保育無料←1人目から無料にした方がいいんじゃ… | 東京都議会議員 おときた駿 公式サイト
保育士不足の解消策といい、どうにも政府がいま打ってくる手は
すべて的はずれなもののように思えてなりません。
その通りです。
保育士不足の件で言えば、問題の原因は政府の市場介入と規制なのだから、政府がそれをやめれば市場メカニズムによって需給が釣り合うのに、180度逆に政府がさらに「対策」とやらを上塗りして何かを改善したつもりになっているところとか。

バターの「緊急輸入」とまるで同じ構造のマッチポンプですよ。省庁が違っても日本政府のやることはワンパターンでわかりやすいですね。
関連記事: バターはどこへ消えた?

さて、彼の記事で触れている毎日新聞の元記事を見てみましょう。
<子ども貧困対策>保育無料を拡大…3人目以降一律 (毎日新聞) - Yahoo!ニュース
今回の支援策では、子どもが3人以上いる年収約360万円未満の世帯は兄弟の年齢にかかわらず2人目は半額、3人目以降を無料とする。幼稚園にも同様に適用する。住民税非課税のひとり親家庭は保育料を第1子、第2子ともに無料化する。
なんだ、住民税非課税のひとり親なら1人目から無料って書いてるじゃないですか。
ということは、彼の主張は、その条件を満たさなくても年収360万円未満の世帯なら、ケチくさいこと言わずに1人目から無料にしろということなんでしょう。

おときた氏の記事に戻りますと、
それが財源がないから、という身も蓋もない理由だとすれば、
軽減税率やバラマキ政策を改めて見なおして欲しいと強く思います。
とのことですので、要するに「老年世代へのバラマキではなくて、子育て世代へのバラマキをやれ」という主張にしか見えないのですが…。

年収360円未満の世帯だけが対象だからバラマキではないと?
いや、年金世代向けの臨時福祉給付金だって住民税非課税世帯だけが対象ですけど、それをバラマキだと批判しているのではないのですか?

私に言わせれば両者とも完全にバラマキですよ。なぜか子育て世代へのバラマキなら許されると思っている人が多いようですが、所詮は同じ穴のムジナです。「少子化対策!」と書かれた錦の御旗を振りかざしている分だけ、なにやら社会正義の実現のために戦っているように錯覚しているだけのことで。やっていることは何の変哲もないクレクレ行為でしかありません。

結局、政府が税金を使って福祉を充実しようとすればするほど、こういう不毛なクレクレ合戦になるという典型を見ているように思います。
「そのカネをあいつらではなく俺たちによこせ!」「カネが足りない? 誰かから奪えばいいだろ!」
という風に、誰から奪って誰に与えるべきだという卑しい争いを際限なく続けることになるでしょう。

関連ツイート。


ほんとその通りですね。大多数の国民がたかり根性なので、たかり行為がどんどん正当化、合法化される国になってしまったわけです。民主主義の原理から、そうなるのは必然です。
そして、社会のシステムがたかり行為に最適化されればされるほど、個人の戦略としてもたかられる側ではなくたかる側に回るのが合理的になるという悪循環。これが急に逆回転を始めて、たかり行為が縮小していく日本の姿が全く想像できません、残念ながら。

日本の行く末は、1億総活躍どころか1億総クレクレ社会になるのではないかと危惧しています。

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2015年09月12日

長生きリスクと早死にリスク

cubさんのブログより。
無職への道 40代で一区切り
健康寿命はあなたが思っているよりずっと短いですよ
大体、男性で70代前半
簡易生命表から自分の寿命を考えよう
最近は老後破綻やら下流老人などぶっそうな話がゴロゴロ出てきていますが
そんなに老後が不安ですかね
だって、誰でも必ず死ぬんですよ
老後破綻が心配・・3000万円あっても破綻する、年金を沢山貰えるためには、出来るだけ長く働こう
自分だけは100歳まで生きると思っているのですかね?
心配しなくてもあなたは100歳まで生きません
同感です。
メディアが煽っているせいだと思いますが、最近は長生きリスクを過剰に恐れる傾向に拍車がかかっているような気がします。

メディアの煽りで不安を感じたら、cubさんの別記事でも取り上げられている簡易生命表を冷静に眺めてみましょう。

平成25年簡易生命表(男)

年齢40歳の行の生存数を見てみましょう。
まさか、40歳のあなたが今生きていることが当たり前と思ってませんよね?
40歳まで生き残っているのは10万人中98,115人。つまり不運な1.89%の同級生は既にこの世に存在しません。大体クラスに一人弱の割合。おっと話が逸れました。

次に100歳の行。
生き残っているのは10万人中わずかに1,493人。
40歳男性が100歳まで生きる確率は、
1,493/98,115=1.52%

では40歳男性が50歳になる前に死ぬ確率は?
50歳の生存数が96,385人なので、
(98,115-96,385)/98,115=1.76%

100歳まで生きる確率より少し高いものの、ほぼ同レベル。

なので、100歳まで生きてしまったらどうするのかと老後の備えを万全にしようとする人ならば、それと同時に、50歳までに死ぬ場合に備えた行動は取らなくてよいのだろうか、という疑問が出てきます。
発生確率が同程度の二つのリスクがある場合に、どちらか一方には備えるけど他方は無視して何もしない、というのはバランスを欠いた行動に見えます。

このバランス感覚の欠如、どこかで見たような気が。
そう、宝くじの高額当選確率と、交通事故で死ぬ確率です。
後者が前者の40倍程度なのに、認知の歪みによって正しい評価ができないという話がありました。
関連記事:『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』橘 玲 (著) その2の真ん中あたり。

二つのリスクに対する私の考えは、どちらにも万全の備えをするのは無理があるし相互矛盾を生ずるのだから、両者のバランスをとりつつ程々に備えればよいと思っています。

長生きリスクによる老後不安への向き合い方については、既にこちらに書いた通りです。
老後不安をどう考えるか

早死にリスクへの備えは、早期リタイアそのものが私の答です。
平均寿命まで生きたとしても短い人生。もし早死にしても後悔しないためには、やりたくもない仕事で時間をお金に換えている場合ではありません。やりたいことだけをやる人生にできるだけ早く移行すべきだと思います。

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2015年08月06日

アウトバーンと自由主義

調布飛行場の事故の件でアクセスを集めている記事。

調布飛行場の墜落事故(2015.7.26)の原因は分かっている|Bokensdorfのブログ
ですから「飛行場の危険性」をあげつらうのは的が外れている。この事故の原因は飛行場ではないからです。
納得しました。
たいへん説得力のある良記事だと思います。
マスメディアの「珍しい事故ほど熱心に報道する」バイアスにやられて日頃から飛行機のリスクを過大評価しがちな人には、ぜひ一読をお勧めします。

Bokensdorfさんの過去記事をざっと拝見したところ、他にも面白い記事がたくさんあって、宝の山を見つけた気分です。

特に面白かったのがアウトバーンシリーズ。
13. 日本とドイツ 生活の質の違い/アウトバーン|Bokensdorfのブログ
アウトバーンは先進国で唯一速度制限のない高速自動車専用道路である。

しかし実際に走ってみると、
色んなところで速度制限標識が出ている。
(中略)
アウトバーンでは追い越し車線と走行車線が完全に守られている。
(中略)
これが保証される事は自分を含めて全体の利益になることだから全員がよく守る。
このことと関連して、高速道路の出口は必ず右にある。
(中略)
このように見てくると、
アウトバーンというのは、
速度制限のない無法地帯というのとは対極の、
あらゆる規則を徹底的に配置した上で初めて成立している場所であることが分かる。

規律の上での自由であり、
東名高速道路から速度標識を取り除いたらアウトバーンになるなどというものではない。
なるほど。すごく合理的というか、洗練された大人の社会だなと思います。

必要最小限の規則を守る不自由を受け入れてこそ、速度無制限という自由が守られているわけです。
その点でアウトバーンと自由主義って似ているかも。中身を知らない人からイメージだけで「無法地帯」と誤解されるところとか、そっくりじゃないでしょうか。

13. 日本とドイツ 生活の質の違い/アウトバーン-3|Bokensdorfのブログ
日本ではスピード=危険=悪という単純図式である。

世の中にはまったく違う価値観で成立している場所があるという事を日本人に知らせるには、アウトバーンは良い見本である。
(中略)
急ぐ車には先に行ってもらう。
全体の流れも良くなる。
ドライバーの高い安全意識と道路交通システムと車の安全性能がそれを支える。

何も早く行きたい人の足を引っ張る必要は無い。

アウトバーンは国際結婚と関係無さそうなのにここまで長々と書いたのは、実は「個人」というものの成り立ちが日本とドイツではおおもとから違うのでは無いかという事をこの頃考え始めたからである。
確かに両国の道路や交通ルールの違いに着目すると、リスクとコストのトレードオフや、個人の自由をどこまで制限すべきかという点で、価値観が根本的に違うことがわかります。

トレードオフの観点で言えば、日本の交通行政って、たとえば交通量の少ないT字路などにもすぐに信号機を設置するなど、とにかく事故のリスクを減らす方向しか考えていないこと、その代償として失われる信号待ちの時間とか燃料のコストをほぼ無視しているか、空気のように軽いものとみなしているのが特徴だと思います。

信号機と言えば、日本の十字路は両方赤の時間が異常に長いと思いませんか。赤に変わってから突っ込んでくる無法者があとをたたないから安全マージンを長めにしたつもりなんでしょうけど、青に変わるまでの時間が長いと見るや、ますます赤で突っ込んでくる車が増えるという悪循環。結局安全マージンは変わらず、正直者の待ち時間が増えただけで何の改善にもなっていません。

他にも制限速度をやたら低めに設定しておいて、実際はそれより緩い基準で取り締まりを行う慣習も、合法と違法の境界線をわざと曖昧にして行政の裁量権を拡大する、いかにも日本的なやり方です。アウトバーンのように、すべての人が必要最小限のルールを厳守することによって安全と効率の最適化を目指す価値観とは程遠いと思います。

個人の自由という観点でも、ドイツでは自由の制限を最小限に留める意識が常にあり、その最小限のルールがよく練られている印象です。自由を制限するケースはあくまでも例外的な扱いになっていると思われます。
それに対し、日本では公共の安全という錦の御旗さえ振りかざせば、個人の自由なんてものはいくらでも気軽に制限してよい、という全体主義思想が透けて見えます。どちらかと言えば、原則禁止だが例外的に個人の自由をお上が「認める」という扱いになっている物事が多い。調布飛行場の事故で言えば、実質的には遊覧飛行だったのに誰がそんなものを「認めた」のだ? みたいな批判が自然に口をついて出てくるのは、自由軽視の思想が骨の髄まで染み付いている証拠だと思います。

なぜ日本に自由主義が根付かないのかと考えたとき、こんな風に価値観が完全に反転している人が圧倒的多数派であることが根本原因ではないかと思えます。ガメさんのツイート参照。



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2015年07月01日

国家の財政危機は資本主義のせいなのか?

貧BPさんのブログより。
ギリシャ金融危機に関して | 貧BPの人生オワタ\(^o^)/旅
資本主義の矛盾のしわ寄せを一気に押し付けられ、庶民としてはまさに迷惑千万の事態と言ってよいでしょう。
ギリシャ政府の財政危機の話に、初っ端から「資本主義の矛盾」という言葉が出てきたので驚きました。このあとも、ギリシャ問題とは一見して無関係と思われるリーマンショック等の事例を引き合いに出したりして、資本主義への恨みつらみが述べられています。

ギリシャが財政破綻の危機に瀕しているのは、ギリシャ政府が財政規律を守らず、赤字国債を乱発して身の丈に合わない歳出拡大を続けてきたことが原因です。仮にギリシャ経済が資本主義ではなく共産主義だったとしても、政府があのような放漫財政を続ければ財政破綻は必至。この極めてシンプルな因果関係をスルーして唐突に資本主義のせいにするのは無理があると思います。

逆に、資本主義は間違っているから政府の介入が必要だと思い込んでいる人々の方こそ、財政危機に加担する側にいるのが現実ではないかと。
なぜなら、彼らは自分らの都合で大きな政府や公営社会保障というモンスターを召喚しておきながら、そのモンスターを維持するためのエサ代を自分ではろくに払おうとしないからです。どこまでも虫の良い国民の要求が、赤字国債乱発を民主的に正当化してしまうのです。

この受益と負担のアンバランスによって赤字国債が積み上がっていく構造は、明らかな民主主義の欠陥と言っていいでしょう。特例公債法みたいな悪法は即刻廃止すべきですね。

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2015年06月25日

ファウルボールによる事故は自己責任

愚行権で検索していたところ、こんなツイートが目にとまりました。


いやほんと、ひどい判決だと思いますね。

元記事より。
ファウルボールでケガ→賠償 プロ野球界はどう向き合うべきか (ITmedia ビジネスオンライン) - Yahoo!ニュース
この裁判で札幌地裁(長谷川恭弘裁判長)は3月26日、同社に対して約4190万円の支払いを命じる判決を言い渡した。原告側は「投手は打者の思い通りに打撃させないことを目指して投球するため、プロ野球でも選手でも打球の方向や角度は予想困難だ。老若男女を問わず安心して観戦できる防球ネットなどを備えておくべきだった」と主張。判決でも長谷川裁判長は札幌ドームの内野席前に設けられていたフェンスではファウルボールを遮ることはできなかったと指摘し「球場の設備は危険を防止するに足りず、安全性を欠いていた」と断じて、原告側の主張を全面的に認めたのである。
原告も裁判所も一体なにを言っているんだ? という感想しか出てきません。

原告の方は、ファウルボールが飛んでくるリスクを承知の上で、内野席の中でもネットが無かったのか低かったのかはわかりませんが、そういう席で観戦していたのでしょう? 主張している「防球ネットなど」を備える席(バックネット裏など)で観戦しなかったのは自分自身の選択なのに、他者に責任転嫁するなんて…。

安全が何よりも大事という価値観をお持ちの方でしたら、ファウルボールが飛んでくる可能性がある席で観戦しなければいいだけです。外野席でもホームランボールが当たる可能性はあるので、もうテレビ観戦でいいのでは? 安全だ安心だとお経を唱えるような人は。

球場で観戦するのかしないのか、観戦するならどんな席を選ぶのか、一投一打に集中してファウルボールをよける努力をどの程度するのか、そういった選択をすべて自分自身が自由に決定できるのですよ。曲がりなりにも自由主義の国ですから。

その自由のトレードオフとして、自己選択の結果このような事故が起こった場合は自己責任に帰する。これが自由と自己責任の切っても切れない関係です。この大原則を覆した札幌地裁の判決には危惧を覚えます。二審以降で原告の主張が退けられることを願ってやみません。

関連記事: 自己責任の否定は自由主義を駆逐する

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