2015年05月14日

真の少子化対策とは

Rootportさんのブログより。
何の数字か、お分かりだろうか。 2050年における現役世代と老後世代の人口比だ。現在の日本では現役世代2.4人で老人1人を養っている。しかし、2050年にはこれが半分になり、現役1.2人で老人1人を支えることになる[1]。私たちの子供世代は高額の社会保険料と重税に苦しめられ、優秀な人から順番に海外に脱出するだろう。国民皆保険は、たぶん崩壊する。年金は、おそらく有名無実のものになる。 <a href="http://alfalfalfa.com/articles/116045.html" data-mce-href="http://alfalfalfa.com/articles/1
rootport.hateblo.jp

読んでもらえばわかりますが、少子化を止めて子供を増やそうと叫ぶ内容です。

正直、私は読みながら違和感を禁じえませんでした。

現在の日本では現役世代2.4人で老人1人を養っている。しかし、2050年にはこれが半分になり、現役1.2人で老人1人を支えることになる[1]。私たちの子供世代は高額の社会保険料と重税に苦しめられ、優秀な人から順番に海外に脱出するだろう。国民皆保険は、たぶん崩壊する。年金は、おそらく有名無実のものになる。
少子高齢化で顕在化する問題は、そもそも「現役世代が老人世代を養う」という賦課方式の社会保障制度が原因です。制度を維持するために人が苦しむなんて実にバカバカしいことなんですが、この記事にはそういう視点が欠けていると感じました。

制度の都合に人を合わせるのではなく、人の都合に制度を合わせるのが筋でしょう。
真の少子化対策とは、少子化になると「崩壊」したり「有名無実」になるような出来損ないの社会保障制度の方を変えることだと思います。

現役世代が半分になれば、当然、老人の生活水準も半分になる。
老人の生活が年金だけに依存しているという単純なモデルで、賦課方式の年金が35年後も続いているという前提なら、確かにそうなりますね。いや、半分どころでは済まないかも。現在の年金給付水準は、国債発行という将来世代への負担押し付けによって大幅に水増ししてますからね。

そういう恐ろしい未来が待っているとわかっているからこそ、たとえ年金制度が有名無実化しようとも何とか生きていけるように、若いうちから貯蓄に励む必要があるのです。そうすると、ますます子供なんて育て上げる経済的余裕が無くなるのは当然です。

現在の老人に年金という仕送りをしつつ、将来の自分にも貯蓄という仕送りをする二重の負担が発生するのは、今の日本を生きる現役世代にとって実に不運なめぐり合わせとしか言いようがありません。

ぶっちゃけ、年金制度を廃止すれば少子化は止まると思います。

関連記事: 『だまされないための年金・医療・介護入門』

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2015年04月22日

コメ輸入拡大で国民負担が増える?

TBSのニュース記事より。
「TPPコメ輸入拡大どこまで?意外な「国民負担」も」 News i - TBSの動画ニュースサイト
今回の協議で、アメリカはこれにさらに17万5000トン分の新たな枠を設けろと要求しています。しかし、日本は5万トンが限界だと主張しています。
この手のニュースを見る度に気になるのは、「アメリカは〜、日本は〜」と国家対国家の利害対立という偏狭な視点で報道していること。
アメリカvs日本、それぞれの「国益」を賭けた闘い。頑張れ甘利さん!
TPPがこんなプロレス会場のように見えてしまっている人、見事に問題の核心から目を逸らされてます。
案の定、ツイッターを覗いてみると、このニュースに頓珍漢な反応を示す人が散見されます。
http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2473796.html - Twitter検索

元記事に戻ります。
この、せめぎ合いがある中で、新たな枠を10万トン未満で収めようとするのが日本政府の考えです。しかし、コメの輸入を増やす際、実は国民に大きな負担がのしかかってくるのです。
このように、輸入拡大が国民の不利益の原因になるかのような書き方も、ひどくミスリーディングだと思います。

アメリカ産のコメの輸入が仮に5万トン増えると、政府は、同じ5万トン分を市場から「備蓄米」として買い入れることで価格の下落を防ごうと検討しています。ただ、古くなった「備蓄米」は、豚のエサなどに回されるため、政府が買い入れた時よりも価格が下がります。その差額による損失は、年間で100億円を超えるとも言われ、税金を使って国民の負担となる可能性があるのです。
こう書かれている通り、勝手に市場に介入してきて価格を吊り上げておきながら、そのコストをすべて国民に負担させようとしている張本人は、日本国政府以外の何者でもありません。

政府がこんな余計なことさえしなければ、年間100億円のコストを誰も払う必要がないばかりか、輸入拡大によってコメの価格が下がり、消費者たる国民にはむしろ多大な利益をもたらすはずなのに…。

TPPの対立軸は、国家対国家ではなく生産者対消費者です。TPPでアメリカという国家が突きつけている要求は、日本の生産者の不利益になる反面、日本の消費者の利益になるということを、マスメディアが正しく伝えようとしないのは非常に残念なことだと思います。

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2015年04月08日

自ら仕掛ける「貧困の罠」

自己責任というキーワードは何かと話題になりやすいようで、retire2kさんのブログにこんな意見がありました。

40代貯金2000万でセミリタイア : 今週の週刊東洋経済「あなたを待ち受ける貧困の罠」
「自己責任」というのは、自らリスクを取って行動を起こした時に、
そのリスクが実現した場合に使うべき言葉であって、
最低限の義務として国民年金納めてなかったとかなら別ですが
「善管注意義務を怠ったら自己責任」的に使われるべきではありません。
もしそんな注意義務があるならちゃんと言っておかないと。
前半部分は、「自らリスクを取って行動を起こした時」に含まれる範囲がかなり狭そうなのが引っ掛かります。「リスクを取る」ということ自体に、積極的に何かにチャレンジするようなイメージがあるのですが、結果が自己責任なのはそのような場合に限らないのでは?

たとえば、ただただ消極的に多数派に合わせるだけの選択を積み重ねることを、「自らリスクを取って行動を起こした」とは言いませんけど、その結果として貧困に陥ったとすれば、積極的に行動を起こした場合と同じく自己責任であることに変わりはないと思います。両者を区別すべき理由が見当たりません。

後半部分は「善管注意義務」の意味するところがよくわからなかったので調べてみました。
注意義務 - Wikipedia
善良な管理者の注意義務(善管注意義務)とは、債務者の属する職業や社会的・経済的地位において取引上で抽象的な平均人として一般的に要求される注意をいう[2][3]。これはローマ法の「善良な家父の注意」に由来し[3]、フランス法の「良家父の注意」[4]、ドイツ法の「取引に必要な注意」がこれにあたる[1]。この一般的・客観的標準に基づく程度の注意を欠く状態を抽象的軽過失[1]あるいは客観的軽過失という[3]。
む、むずかしい…。
しかしこれ、「取引上で〜要求される注意」と書かれている通り民法上の用語であって、要するに何らかの民法上の契約(例:委任契約)をしている相手方に対して負う責任ってことですよね。
自己責任とは契約上の他者に対する責任を負うことではないので、全く関係ない気がするのですが…。
なので、そもそも「善管注意義務を怠ったら自己責任」という言い方は、用語の使い方が間違っている点でおかしいと思います。

この用語を使ってretire2kさんが表現したかったのは、「貧困に陥らないように自分で注意する義務」のことかなと想像します。そうだとすれば、そのような義務はどこにも存在しないとしか言えません。前回の記事で引用したホリエモンの発言
「(散財を)国が『そんなのは駄目なんだ!』って言うことだってできないわけでしょ? じゃあ、これもう完全に自己責任じゃん」
で指摘されている通り、日本国民は誰一人としてそんな義務を課されていないのです。なので、「義務を怠ったから自己責任」なんて言い方をしている人がいるとすれば(私は見たことがありませんが)、何か勘違いをしていると思われます。

もちろん、義務がないというのは素晴らしいことです。どのようなお金の使い方をしようが完全に本人の自由ですから。そして、その自由の裏側に自己責任がくっついているだけのことです。

日本では貧困問題との絡みでなぜか自己責任という言葉だけを殊更に取り上げ、ネガティブな意味を植え付けようとするバイアスが顕著で、その表側に確かに存在するはずの自由の価値がほとんど評価されていないのはとても残念なことだと思います。


ちなみに元記事
多くの日本人が貧困に沈むのは、なぜなのか | 最新の週刊東洋経済 | 東洋経済オンライン | 新世代リーダーのためのビジネスサイト
は斜め読みしましたが、そこに登場する50代男性の事例は「またかよ」とつぶやくしかないようなものでした。こういう事例を反面教師にして、高収入でもきちんと支出をコントロールして無収入になるリスクに備えましょう、という話につなげていけばいいものを、
この男性のように普通に生活をしていても、貧困に陥る「罠」は少なくない。
などと、こんなハイリスクな生活を「普通」の一言で片付ける異常な感覚。そして、自己責任を省みることなく無理矢理にでもセーフティーネットを拡充する方向へ誘導するのですから、こんな記事は害悪としか言いようがありません。

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2015年03月30日

自己責任の否定は自由主義を駆逐する

テレビ番組でのホリエモンの発言が物議を醸しているようですね。

堀江貴文氏が高齢失業者を擁護するジャーナリストを論破「自己責任」 - ライブドアニュース
堀江氏は、格差に対して個人は余裕のあるうちに、賃金を資本収益に転換すべきと指摘したのだ。

堀江氏は「とにかく消費にね、バンバン金使っちゃって、何も投資をしてないわけじゃない。でも本当は投資できたわけでしょ? めちゃくちゃ稼いでたっておっしゃいましたよね?」と、荻原氏の発言に噛み付いた。

さらに、堀江氏は「そこで贅沢をして、夜の街とかで散財したりパチンコやったりとかして、めっちゃ金使ったんだと思いますよ。だけど、それは半分くらい何か、株式に投資をしとくとか、できたんですよ」と、まくしたてた。
この記事に書かれているホリエモンの発言を見る限りでは、特に過激ということもなく、極めて真っ当なことしか言ってないように見えます。何がそんなに引っ掛かるのか、正直理解に苦しみます。もしかして貧困とは無縁のホリエモンが言うから鼻につく? いや、そんな発言者の属性は発言内容の正しさとは関係ないはずですよね。

一つ注文をつけるとすれば、流行りのピケティに絡めて「賃金を資本収益に転換」とかいう小難しい話にしてしまったことでしょうか。彼らが貧困に喘いでいる原因は投資をしなかったことではなく、もっとシンプルなことなのに。つまり、収入があればあるだけ消費して全く貯蓄をしないという、将来よりも現在の楽しみを何よりも優先する支出配分を選択してきたこと、それに尽きます。

こうやってシンプルに考えると、すべては彼ら自身の選択の結果にすぎず、それが自己責任ではないと主張する方に無理があることは明らかだと思います。

「(散財を)国が『そんなのは駄目なんだ!』って言うことだってできないわけでしょ? じゃあ、これもう完全に自己責任じゃん」
ここ、すごく重要です。
貧困の責任を自分以外の他者(この文脈では国=政府)に求めようとすると、お金の使い方を決める自由をその他者へ売り渡すことになります。この法則は貧困に限らず、あらゆる行為について成り立ちます。行為の責任が少しでも他者に転嫁されるのなら、その分だけ個人の自由は制限されます。自由と責任は表裏一体の関係であり、切り離して考えることはできません。

私は一人の自由主義者として、個人の自由権ができるだけ守られる社会であってほしいと心から願っており、そのためには自己責任の原則を徹底することが必要不可欠だと思っています。

ところが、日本では自由を売り渡してでも自己責任を否定したい人の方が多いようなのです。
つい最近、外務省がフリージャーナリストのパスポートを強制返納させる事件がありましたが、その賛否を問うアンケート結果がこちら。
"パスポート返納"、賛成?反対?-BLOGOSアンケート:
邦人保護の観点から、外務省はISIL支配地域への渡航自粛の求めに応じない場合、旅券返納を行う方針。この措置に対し、憲法が保障する「移動の自由」の観点から批判の声も。
危険地域へ渡航しようとする人からパスポートを取り上げ、憲法で保障されている移動の自由を奪うことに賛成する人が、なんと79%を占めるとは…。驚きを通り越して、恐怖を覚えます。

こういう自由軽視の価値観をもつ人の方が多数派ということは、自由主義は民主政治の数の暴力で次第に駆逐されてしまうのではないかと。

え?自分は危険地域なんか絶対行かないから賛成しただけ?
そういう思考パターンは非常に危険ですよ。



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2014年12月18日

リタイアに理由は必要か

オールドマンさんのブログにこんな記事がありました。

リタイアする理由をもう一度考える - 毎日が日曜(^^)   セミリタイアメント
いろいろ、理由つけたが、リタイアしたいのは、「仕事がいやなだけだ」、それだけで十分理由になる。
確かに、それで十分ですよね。

・理由などないのである、仕事がいや、会社がいや、上司がいや、俺をバカにしている会社全体にもううんざりなのだ。
分かります。
私も最近、仕事を辞めるのにそもそも理由が必要なのかな? と思うことがあります。
「人(特に男)は定年まで働くのがデフォルトで、早期リタイアは例外的に選択するもの」という固定観念があるから、なんだかんだと仕事を辞める理由を探し回る必要がでてくるのではないですかね。

さらには、今やっていることを続けるのに理由は要らないが辞めるには理由が要る、という思い込みは「現状維持バイアス」と呼ばれる奇妙な思考の癖であり、たとえば資産運用においても、この癖を治せない人が不合理な意思決定をやらかしてしまうケースがよくあります。

そもそも、誰が決めたか知らない「定年」とやらに自分のたった一度の人生が左右されるのは、おかしな話だと思いませんか。

ここは一つ、逆に考えてみてはどうかと。
「人は働かないのがデフォルトで、仕事は必要があるから例外的に選択するもの」
この前提からスタートして、仕事をしない理由ではなく、仕事をする理由を探してみるのです。
たいていの場合は、「生活費を稼ぐため」という最大の理由が見つかるでしょう。人によってはやりがいとか、その他諸々の理由が見つかることもあるでしょう。

働く理由を日頃から常に自問自答し続け、ついにその理由が見つからない時が来たとき、粛々と退職すればいいのです。もっともらしい「退職理由」を探してきて上司を納得させる必要などないし、そんな義務もありません。

理由が無くなれば定年前でも退職すればいいし、逆に理由があり続けるなら定年後も仕事を続ければいい。定年なんていう意味不明な基準よりも遥かに合理的な判断基準だと思います。

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2014年12月14日

仕事に不満があるならば

うえしんさんのブログにこんな記事がありました。

仕事が不満な人はぜひ――『仕事はどれも同じ』 キッツ+トゥッシュ | 考えるための書評集
けっきょく人間は果てしない不満を抱くものであり、欲望は限りなく、情熱や好奇心はいつか慣れるものであり、ルーティンになる。不満は仕事や職場環境にあると思っていたけど、自分の内側、自分自身の考え方にあるものではないのか。わたしは自分の不満という心理状況に向き合っていなかったな、手放せずにいるんだなと思った。
人間の欲望にも不満にも際限がないというのはその通りだと思います。
ただ、不満の原因が自分の内側にあるのかどうかは、なんとも言えません。考え方を変えれば不満が解消することもあれば、そうでないこともありそうです。

この本を読んで仕事に不満をもち、転職をくりかえしきたわたしはどうやら仕事や職場に不満ばかり抱いてきたことがよくわかった。不満を抱くという思考のクセをまったく問題視してこなかったことにようやく気づいた。問題点は不満という現実の否認やほかのありようを求める想像だった。「あるがまま」を受け入れるなんて思想は山のように読んだのだが、こと仕事や労働にたいしては不満や不平を抱かずに、「あるがまま」を受け入れるなんてことがまるでできていなかった。
不満を抱くという思考の癖。これを問題視し、不満を抱かないような思考法を身につける。そしてすべてをあるがままに受け入れる。
それはそれで一つのソリューションかもしれませんが、私はそういう手法に一抹の不気味さを感じます。もし上記のことが卒なくできるようになれば、一人の立派な「社畜」の出来上がりじゃないかと。

私の約16年間に及ぶ会社員時代にも、不満をたくさん抱いていました。もちろん、解消できるものなら解消したいと思ったことは何度もありました。しかし組織や社会というものは多数の人間の集合体であり、自分の意のままにコントロールすることはできません。ならば、組織の一員である限り不満の解消などあり得ないことだとわかります。私は転職の経験はありませんが、仕事の不満を根本から解消するには転職ではなく退職しかないと悟りました。

退職するまでの間をどのように過ごすのかといえば、無理に不満を封じ込めて現状を「受け入れる」のではなく、時おり不満を漏らしつつも組織とはそういうものだと「諦める」ほうがいいと思います。仕事に妙なやりがいなど見出さずに淡々とお金を稼ぎ、支出を抑えて資産を積み上げていくことが、結局のところ最も早く不満を解消する方法になるのではないでしょうか。

仕事の不満への対処法は、資産運用の「リスク」との付き合い方とよく似ている気がします。直感的には逃げたくなるけれども、どうやっても逃げられないものだと悟って上手に付き合っていくほうが、結果的にうまくいく可能性が高くなると思います。

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2014年11月29日

バターはどこへ消えた?

こんなニュースを見かけました。

農水省 クリスマス前に家庭用バター供給要請 NHKニュース
スーパーの店頭などで家庭用のバターが品薄になっていることから、農林水産省は、28日、乳業メーカーに対して、クリスマスの需要期に向けバターを最大限供給するよう文書で要請しました。
(中略)
この中では、「バターが不足している現状と社会的責任の大きさを踏まえるべき」などとして、需要期に向け家庭用バターの最大限の供給を求める内容になっています。また西川農林水産大臣は28日の閣議のあとの会見で「きょうの要請の結果、メーカー側が家庭用バターの生産をしっかりやってくれるかどうかにかかっている」と述べ、メーカー側に対応を求める考えを示しました。

おいおい何を言っているんだ農林水産省…。
供給が足りないのは、あんたらがバターの輸入を規制してるからでしょうが。(怒)
自分らで勝手に供給の蛇口を閉めておきながら、それを棚に上げて「メーカー側が家庭用バターの生産をしっかりやってくれるかどうかにかかっている」などと、どの口が言うのか。

農水省がどんな余計なことをやっているかは、この記事に書いてある通りです。
バター値上げの背景に、農水省の「白モノ利権」 − オルタナ: 「志」のソーシャル・ビジネス・マガジン「オルタナ」
なぜバターだけが、頻繁にお店の棚から消えるのか。
実は奇妙でも何でもない。その答えは、天下り団体「農畜産業振興機構」によるバター輸入独占業務にある。
輸入を独占してぼったくるだけの簡単なお仕事…。消費者の財布からこっそりお金を抜き取る犯罪的規制の一つだと思います。
知らず知らずのうちに消費者を貧しくしているのは、自由貿易を妨げる政府の役人と利権団体であることは間違いありません。

マスメディアが伝えるように、猛暑のせいだから仕方がないとか勘違いしている人には、この記事にきっちり目を通すことをお勧めします。

バターに限らず、消費者が日常的に買っているごく普通の食品のほとんどに、このような規制コストが上乗せされる構造になっています。米も小麦も、日本の小売価格は国際相場より遥かに高い。ガメさんのブログで、日本は「生きるのに必要な食べ物がすげー高い」と書かれていた意味がよくわかります。
関連記事: 「ステルス税」に蝕まれる庶民の財布
消費税には猛反対する人でも、このようなステルス税を日常的に払っていることを認識できている人は少ないでしょう。

バター不足のニュースを伝えるメディアにも大いに問題があります。
最初にリンクしたNHKの動画なんか、農水省の大本営発表を無批判に垂れ流しているだけで、真の原因は何なのか究明し知らしめようという姿勢がまったくありません。

このニュースを見て「緊急輸入した農水省エライ!」とか勘違いする人がいそうで怖いですね。メディアが農水省の自作自演の片棒担いじゃダメでしょう。

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2014年11月28日

Gmailの[プロモーション]タブが便利

だいぶ前から実装されている機能なので今更な感想ですが。

受信トレイのタブとカテゴリ ラベル - Gmail ヘルプ:
メッセージは、[プロモーション]、[ソーシャル]、[アップデート] といったカテゴリに分類されます。どのカテゴリを受信トレイのタブやラベルに使用するかは、自由に選ぶことができます。このようなカテゴリを使えば、重要なメッセージに集中でき、同じ種類のメッセージをまとめて読むことができます。
これすごく便利ですね。
[プロモーション]と[メイン]だけ残して他のタブは無効にして使ってますが、それだけで効果絶大。
迷惑メールではないんだけど読む価値のない広告メールなどが自動的に[プロモーション]タブに入るので、受信トレイがスッキリします。いちいち選択削除していた手間が省けます。

「同じ種類のメッセージをまとめて読むことができます。」とかヘルプに書いてますけど、[プロモーション]タブに入ったメールなんか読むわけないですね。読む価値の無い広告メール排除のための機能であることは明らかです。ネット広告ビジネスの総大将であるグーグルは建前上広告メールが無価値であるとは書けないのかなと、そんな大人の事情が透けて見えます。

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2014年11月18日

やはり増税支持する理由は無い

増税?延期?衆議院解散? そんなの関係ねぇ〜そんなの関係ねぇ〜 cubの日記 コツコツ投資で2千万貯めましたより:
消費税増税すべきか先送りすべきかは、私のリンク先のブロガーさんでも意見が分かれていましたが・・・
ちなみに私は、先送りさえすれば増税しても良いなどとは考えておりませんので、念のため。現状でも社会保険料や、規制という名の隠れ蓑をかぶったステルス税も含めた国民負担の高さは異常ですよ。負担を軽くする方向以外の政策はあり得ないと思います。

でも、無職さんにしても遊民さんにしても、偉いなぁと尊敬してしまいます
まだ、国家が何とかしてくれると希望を持っていることに・・・
それは誤解ですね。
大きな政府というモンスターが生まれたのは、何でもかんでも「国家が何とかしてくれる」社会主義的な政策を支持してきた多数派のせいだと思っています。私はそういう依存的メンタリティを忌み嫌う立ち位置を堅持してきたつもりなんですけどね。
政府は極限まで小さくして、国民の政府依存を断ち切るべきです。

私は正直、もう手遅れじゃないの
税金上げようが先送りしよが無理ゲーじゃないの?
って、思いっきり醒めていますね
10%上げようが、先送りしようが、結局問題が先に来るか後に来るかの違いだけじゃないかと
ええ、その通りです。
だからこそ、増税を支持する理由はどこにも無いわけでして。
それなのに、何となく増税すれば少しは解決に近付くのではないかと淡い期待を抱いている人が少なくないようなので、今の自分の考えを整理して記録する意味も込めて記事にしてみました。

それと、先に来るか後に来るかの違い「だけ」とおっしゃいますが、その違いは大きいでしょう。財政破綻を先延ばしにすればするほど、より激しいハードランディングになりますし、社会保障制度の世代間格差によって現役世代から搾取している世代の逃げ切りを許すことにもなります。

無職さんの記事も含めて、自分の考えとは異なる色々な意見がネット上で見られるのは、自分の考えを浮き彫りにする意味でも、とても良いことだと思っています。私の記事はあくまでも個人的な備忘録であり、特定の個人の考えを批判する目的ではありません。

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2014年11月05日

増税支持の前に考えるべきこと

以前から不思議に思っていることの一つが、自らドケチを名乗るmushoku2006さんが消費税増税を支持していること。ドケチにあるまじき行為。(笑)
資産課税のような後出しジャンケンが許されないことについては意見が一致するんですけどね。

過去の行為についての税金は勘弁して欲しい 2 : 年間生活費100万円! 36歳からのドケチリタイア日記
私が消費税UPに賛成しているのは、
日本の財政がとんでもない状況になっていて、
これ以上借金を減らすのは難しいとしても、
せめて増やさないところまではもっていかないと、
それこそ後の世代の方々に申し訳ない。
しかし、
所得税をUPさせれば現役世代にとって厳しすぎますし、ますます世代間格差が拡がる、
法人税をUPさせれば企業が国外に逃げるかもしれない、
残る大きな税源は消費税くらいしかないでしょ?という考えからです。
他に税源があれば教えて欲しいです。
ここに書いてあることって、政治家や財務省の役人が使う消費税アップの口実そのまんまのように見えてしまいます。

日本国政府の財政が借金まみれになっているのは税収が足りないことが原因で、税収を増やせば解決に向かうというのは本当に本当なのですか?
私は全然違うと思います。根本的に重要な何かが欠落してます。

増税やむなし論を展開する人は、異常なまでに膨れ上がった歳出を適正レベルまで縮小(つまり節約)すべきという、個人としては普段から当たり前のようにやっていることを、なぜ国家や自治体の場合にも当てはまるとは考えないのでしょうか?

お金が足りないならまず支出を減らすべきです。これ節約系リタイアの基本だと思ってるんですけどね。収入を増やす話が出てくるのはそれができた後のことで。

あればあるだけ使い、それでも足りないと言ってさらに年収と同じだけ借りてきて浪費するタイプの人がいるとしましょう。彼がどんなに年収を増やしても状況は何も変わらないどころか、かえって浪費がひどくなるでしょう。国や自治体でもそれは全く同じです。いや、彼らが扱っているお金は自分のものじゃない上に、借金する際の信用力も個人の比ではないため、その浪費っぷりも個人以上にひどくなることは、異常な規模にまで肥大化した日本国政府の歳出額を見れば一目瞭然です。

大穴があいたバケツに注ぐ水の量をいくら増やしても、バケツに水が貯まることは永遠にありません。バケツに大穴があいているならば、まずそれを修理するのが先決です。

なぜかその点を完全スルーして、どこから水を持ってくるべきかという議論になるとやたら熱心な日本国民の姿はとても奇妙に見えます。みんな自分だけは負担以上の受益がある(税金を払えば元が取れる)、その資格があると信じているのでしょうか。残念ながらそれは幻想でしかなく、誰かが元を取れるのであれば他の誰かが払い損になっているだけのことです。

誰から税金を多く取るべきかという議論は結局、国民同士で利益誘導合戦という足の引っ張り合いをしているだけであり、このまま歳出拡大を続けたい官僚の思う壺じゃないですかね。

そういう意味では、ちきりんさんのこの記事に書いてあることも結局、誰から取って誰に与えるべきかという切り口になってしまっているのが残念だなと思いました。
本当に「かわいそう」なのは誰なのか? - Chikirinの日記

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