2014年12月08日

特別な収入なんてどこにも無い

ITTINさんのブログにこんな記事がありました。

独身一人暮らし女だからこれからどうやって生き抜いていくか考えるブログ 「ボーナスの使い道」に違和感
「現在の総資産」から、何をしようか、いつ行おうか考える。

そのように考えると、消費するとしてもわざわざボーナスの支給月に合わせて消費する必要がありません。
というわけで、毎回ボーナスは「〇〇に使った」という実感がないまま資産に吸収されて終わります。
なるほど。
私も「ボーナスの使い道」については現役時代からモヤモヤしたものを感じていたものの、ボーナスどころか月給も無い生活になって忘れかけていたところ、この説明がストンと腑に落ちました。

「ボーナスをもらったら、”ボーナス額分”の使い道を考える」という人は、
「ボーナスは普段の給与とは完全に区別される特別なもの」として捉えていると言うことなのでしょうね。
そのようですね。
普段からあればあるだけ使って貯金もしない浪費家ならいざ知らず、普通に倹約するタイプの人でもついお金に色を付けて考えてしまう人が少なくない印象です。
メンタルアカウンティング(心の会計)と呼ばれる脳の癖が、具体的な行動として表れる典型例の一つだと思います。

似たような記事がこちらにも。
儲かった時は貯金して、貧乏なときにパッと使う | SOUTAi 40
収入が多い時は貯金して、将来の「サラリーマンをリタイアして収入が減った自分」「年をとって働けない自分」に恵んであげる。

これができない人がけっこう多い。儲かっている時にパッと使い、貧乏な時にあわてて節約する。だからお金が貯まらない。
収入が増えるとつい支出も増やしてしまう。これをやってしまうとリタイアは遠のくばかりです。
収入が多かろうが少なかろうが、そんなのは支出の変動とは無関係です。
たとえば現在の私はほぼ無収入ですが、それに合わせて支出を絞ったりするのは間違いで、支出を調整するファクターは、(収入加算後の)資産残高と人生の残り時間だけです。このようにシンプルに考えることができれば、リタイアするには何らかの「不労所得」が必要だという思い込みからも解放されるでしょう。

現役時代であれば、臨時収入があったら支出を増やせると考えるのではなく、その分だけリタイアが早くなると考えればいいのです。

収入も支出も変に色を付けて特別なものとそうでないものに細分化する考え方は有害で、できるだけシンプルに、長いタイムスケールでトータルの収支を考えることが大事だと思います。

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2014年10月18日

老後不安をどう考えるか

前回の記事、リタイアに型というものがあるならばに次のようなコメントがありました:
人間には寿命があるのですが、その寿命がいつ尽きるのかは誰にも分からないのが問題なのでしょう。
自分はいつ死ぬか分からない。
しかし、資産は確実に減っていく。
寿命が尽きる前に資産が尽きてしまったら、その時点で生きていけなくなる。
「寿命がいつ尽きるのかは誰にも分からない」について。
「わからない」の程度にも、皆目見当がつかないものから平均値や確率分布はわかっているものまで色々あって、人間の寿命については後者です。50年後の人口分布がかなり正確に予測できるのはこの性質によるものでしょう。たとえば未来の株式指数の確率分布は分散が大きいので、30年後ですら正確に予測することは困難です。そういう種類のわからなさと比較すれば、「寿命がいつ尽きるのかは、大体の範囲と確率はわかっている」とも言えます。

「寿命が尽きる前に資産が尽きてしまったら、その時点で生きていけなくなる」について。
そうとは限りません。現在資産がない老人も普通に(年金で)生きています。将来は資産がなければ生きていけない世の中になっているというのは一つの悲観的な未来予想図だと思いますが、当たる保証はありません。

もう一つ、「資産が尽きる」という事象は、ある日気付いたら突然訪れるというものではありません。そうなる以前に、あとX年で資産が尽きそうだという状態を必ず経由します。そのX年と自分の余命を比較して、何らかの手を打つ猶予があるということです。その間にBライフや外こもりなど、知恵を使って生活コストを抑え、資産が尽きるのを遅らせる余地は残っていると思います。

タイムリーなことに、老後不安について次のような記事を見かけました。
「老後不安」と資産運用|山崎元のマルチスコープ|ダイヤモンド・オンライン
特に、老後不安については、定年退職までに十分な資産がないと「老後難民」になる、などと脅かされると、心配がどんどん膨らんで来る。普通の人には過剰な想像力があるので、不安がゼロになることはほとんどない。
そうですね。
不安があるからといってそれを消す方向に向かって努力するのではなく、不安が消えない事実を受け入れ、うまく付き合っていく方が、限られた人生の時間を無駄にせずに済むと思います。

稼ぎがゼロの前提で、老後の生活を現役時代と同様の水準で確保するためには、年金をあてにしないとすると、今後の運用益を考えても少なくとも年間支出額の20年分くらいの蓄えが必要だろうが、これは通常の人の現役時代の運用額では、よほどの高利回りがないと無理だ。
60歳の時点で20年分の生活費を残すことは、早期リタイア志向の人にとってはごく控えめな目標に過ぎません。それを無理と言ってしまうということは、山崎氏の生活レベルが相当高いのでしょうね。

たとえばリタイア後から25年生きるとして(65歳でリタイアなら90歳まで)300ヵ月となるが、自分の純資産額を300で割り算してみよう。ちなみに、95歳まで考える人は360で、100歳まで考える人は420で割り算するといい(筆者は360で考えている)。

こうして求められた金額が、リタイア後に毎月取り崩していい金額だ。
早期リタイアの場合も基本的な考え方は同じです。分母が300や360ではなくもっと大きい数字になるという違いがあるだけで、想定する余命が長いからといって資産を取り崩すことを忌避する理由はありません。

生活レベルが変わることはあるとしても、「暮らせない」という心配は案外小さいのではないか。「老後」を事前に怖がりすぎるのは考えものだと思う。
同感です。
今の生活レベルが既に最低限でこれ以上下げることができないという感覚は単なる思い込みに過ぎず、使えるお金が少ないなら少ないなりに、何とかする知恵や手段はあるだろうと思います。今から老後の心配ばかりしていては、まだ老後でない今の人生を楽しく暮らせないのではないでしょうか。

関連記事: 『未来の働き方を考えよう』 ちきりん(著) その1

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2014年10月13日

リタイアに型というものがあるならば

さいもんさんのブログにこんな記事がありました。
資産取り崩し型のリタイアについて│ひとり配当金生活(予定)
リタイア後の資産残高推移について、年々減少していく資産取り崩し型、配当金や年金、節約などで収支が釣り合う資産均衡型、減るどころか資産運用によって増えていく専業投資家型の3タイプがあると思う。
この分類に当てはめれば、私は資産取り崩し型のリタイアということになりそうです。

当ブログで年末年始に記録している通り、実際には持っている資産の評価額は毎年変動するので、「年々減少」するとは限らず、たまに増えることもあったり、その逆に2008年のように大幅減の年もあったりしますけど、平均的には資産が減っていくのが当たり前という前提でプランを立てていることは確かです。
関連記事: 人生の前半では時間を売り、後半では時間を買う

私が疑問に思ったのは、もし資産が減らない、または増えるタイプのリタイアの型があるとすれば、いったい何のためにその型を選択するのかという点です。

人間には寿命があります。言い換えれば、一人ひとりが持っている時間というリソースは有限で、毎年「確実に」減っていきます。資産と違って、たまに増えたりはしません。たとえば40歳の人の持ち時間は、平均寿命を80歳とすれば、1年で2.5%減少します。50歳ならマイナス3.3%、60歳ならマイナス5%。

リタイア後に資産を減らさない努力を続けたとしたら、資産は維持されるけれども人生の時間は容赦なく減り続け、やがて残り時間の少なさと比較して不相応に過大な資産を持つ状態に至るのではないかと。死ぬ間際に過大な資産が残るのはもちろんのこと、高齢になってから慌てて財布の紐を緩めて過大な消費を始めるというのもまた、色んな意味でもったいない話だと思います。

今までは定期収入があり資産は増える一方だったので、確実に資産が減っていく取り崩し型のストレスに耐性がない。
投資経験があると種銭の有るありがたさは身にしみてくるし、それが減っていくというのは恐怖なのだ。
気持ちは分かります。どういう場面でストレスや恐怖を感じやすいかは人類の脳に共通する特性ですから。資産が目減りする恐怖との付き合い方に書いた通り、私の脳にも同じような恐怖は確かに存在します。

しかし私にはストレスや恐怖に耐えているという自覚はありません。意識しているのは、頭の中にそういった感情が湧き起こったときに、それを冷めた目で時間をかけて評価して、間違っていたら淡々と却下するもう一人の自分の存在です。この本でシステム・ツーと呼ぶ脳の機能です。この人は誰の脳にも存在する有能な怠け者で、バンバン尻を叩かないと全く仕事をしません。この人が怠けている間は、もう一人のシステム・ワン(原始人)のやりたい放題です。

お金が足りるかどうかじっくり考えた結果として足りないことが判明したからではなく、ただお金が減ること自体に恐怖や不安を覚えるのであれば、それはもう原始人の直感そのものです。予想どおりに不合理と言うしかありません。そういう直感の命ずるままに動けば判断を誤ることになりかねないと思います。

参考記事: 404 Blog Not Found:恐れのみを恐れよ - 書評 - リスクにあなたは騙される

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2014年08月07日

「銀と金」のセリフから考えたことと、「○○で生活する」という縛りプレイ

当ブログへのアクセスランキングに新しくランクインしていたブログに、次のような記事がありました。

金利で食うのは庶民の夢か?│ひとり配当金生活(予定)
もう20年ぐらい前の作品ですが、福本伸行の怪作漫画「銀と金」の作中に、金利で食うのは庶民の夢、っていうくだりがあるんですよ。で、仕手本尊の梅谷の答えがこれ。今でも印象に残っています。

「ぼうず……それは死人の考えや……。
血の通った人間が金持ったら、そうは考えん。
10人中、9人は考えなくなる……損を承知で人は生きられんのや。
それほど銀行金利は低い……あの低さはサギやからな。
サギ師に騙されながら生きるのも気分が悪い。」

 作中での銀行金利は6パーセントくらいあった時代の話です。
無リスク資産(インフレの懸念はありますが)で6パーセントの利回りは今では考えられませんが、当時はそれでも銀行に預けるのは馬鹿だと思っていたんですね。
この作品はまったく知りませんが、このセリフに込められた意味を勝手に想像してみるに、なかなか興味深いテーマを含んでいるような気がして、引用させてもらいました。

銀行金利が6%も付くのに、その金利で生活するのが「死人の考え」というのはどういう意味なのでしょうか。もしかしたら、私が以前「金利で生活すればお金は減らない」という錯覚に書いたように、銀行預金の金利のみを引き出して元本を維持してもインフレで購買力は目減りするんだよ、と暗に指摘しているのではないかと思うのですがどうでしょうか。

銀行金利≒インフレ率という前提に立てば、「それほど銀行金利は低い」というのは、金利が6%の時代にも0.1%の時代にも等価な意味をもつ言葉です。銀行預金のような、金利込みでぎりぎり購買力を維持できそうだけど、税引き後には下手したら実質リターンがマイナスになる金融商品ではなく、超過リターンが期待できるものに投資するのが血の通った人間の考える事だと言いたいのかなと、私なりに想像してみました。


ところで、「金利で食う」に代表される、不労所得だけで生活するスタイルが金持ちの象徴と思われているというか、庶民からは一種の憧れの対象とされているようなフシがあります。早期リタイアを志向する方のブログにも「○○で生活する」系のものがとても多い印象です。○○に入るものは配当金、分配金、スワップ収入、家賃収入など色々あるようです。

そういうスタイルを見聞きするたびに思うのは、「○○で生活する」のはゲーム用語の「縛りプレイ」とよく似ているということです。

縛りプレイとは (シバリプレイとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
ゲームをプレイする際、本来ゲーム側からは設定されていない制限(縛り)を自ら科す事によって、より難易度の高いゲームをプレイする事。

普通にクリアできる難易度のゲームでも、たとえば強い武器を使わないというような制約を自主的に課してプレイすると、たちまち難易度が上がります。オンラインFPSなどでは、火器を一切使用しないナイフ縛りの対戦で盛り上がることもあるようです。

「○○で生活する」というのもそれと同じ自主的な制約じゃないでしょうか。生活に必要なお金をどこから持ってくるかについては、本来何の制約も無いはずです。もちろん、金利や配当がダメだと言ってるのではありませんが、そういった特定の種類のお金に限定する必要はありません。普通に銀行預金をおろしてもいいし、株式やETFを売って現金にしてもいいでしょう。どういう方法にするかは、その都度自由に決めればいいはずです。

ゲームなら難易度が上がってかえって面白くなることもあるでしょうが、リアルライフではわざわざ自らに縛りを課して難易度を上げてもあまりいいことは無いと思います。

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2014年04月07日

分散投資で早期リタイアは不可能?

こんなタイトルの記事が目に止まりました。

分散されたポートフォリオで早期リタイアするのは極めて困難:インデックス投資と労働で経済的自由を目指す:So-netブログ

私の頭にある常識とは正反対の結論なのでちょっと驚きました。中身を見てみましょう。
 株式投資で分散されたポートフォリオの代表といえば、インデックス投資です。
 1306やVTに投資した場合、1,2年で2,3倍になることはないと思います。
 これに債券投資が加われば、リスクが減る分リターンも減少し、資産の増加ペースはさらに減少するでしょう。
 つまり、債券投資も含む分散されたポートフォリオで早期退職することは事実上不可能なのではないかと思うのです。
1〜2年で2〜3倍というと、年率42%〜200%という驚異的なハイリターンです。このようなペースで資産を増やせなければ早期退職できないという意味でしょうか? そうだとしたら明らかに論理の飛躍だと思います。

リタイアのための資産を増やす方法は資産運用だけではありません。毎年、働いて得た収入から支出を引いた残りのお金が資産に繰り入れられます。普通は誰でも資産ゼロからのスタートですから、収入の一部を使わずにとっておくことが資産形成の唯一の手段ですし、資産形成のスピードは、その「一部」の大きさ次第と言えます。

実際のところ、インデックス投資で早期リタイアしたとは聞いたことがありません。
確かに、
「インデックス投資のリターンが素晴らしく、驚くほど儲かったから早期リタイアできました!」
という人は聞いたことがないかもしれません。
ですが、早期リタイアを実践している人の中にも私のようなインデックス投資家は実在します。おそらくもっと多いのはインデックス投資すらやらずに、せいぜい銀行の定期預金のみで早期リタイアした人でしょう。彼らの共通点は、十分な資産を持つに至った主たる理由が資産運用ではないことです。

 もし、インデックス投資で早期リタイアができるとすれば、○○危機とか●●ショックで株価が大暴落した時にドルコスト平均法で資金を投入し、株価低迷時はじっと我慢、ある程度戻ったら、少しずつ売却して儲けを確定する。

 これを、数千万円体単位で2,3回繰り返すしかないのではないでしょうか?
こういう手法はインデックスを利用しているだけで、その実態はアクティブ運用です。相場が低迷しているから買い時だとか戻ったから売り時だとかいうのは、あくまでも後になってから判明することであり、その時点で将来の相場は予想できません。実際、アクティブ運用をしているプロのファンドマネージャーの多くがインデックスに負けています。アクティブ運用がリタイアへの近道とは思えません。近道をしようとして、かえって遠回りになるリスクが大いにありそうです。

ちなみに私が考える早期リタイアへの一番の近道は、
「収入より遥かに少ない支出で生活すること」
です。
関連記事: 『年収200万円からの貯金生活宣言』

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2014年03月01日

資産が目減りする恐怖との付き合い方

リンク&トラックバック御礼。
資産が目減りする恐怖 - 一日不作一日不食より:
理性としては問題ないとは思っていますが、実際リタイア生活を始めて、資産が目減りするのを目の当たりにしたらどうなるかわかりません。遊民さんの「高等遊民の備忘録」で、「2013年末の資産残高推移」という記事がありましたが、2008年は-37.4%という減少幅を記録していました。
このときは正直言って恐怖でした。(関連記事: ストックが減る恐怖
あの頃は100年に一度の暴落に対して免疫があるはずもなく、リタイアしてわずか1年余りというタイミングも最悪で、「えっ? たった1年でもうこんなに減ってしまったのか… がびーん!」 みたいな衝撃がありました。これだけの資産を失うのにかかった時間の短さと、この先の人生の時間の長さをどうしても見比べてしまったわけです。もしこんなペースで資産が減ったら人生オワタ、じゃないかと。

でも冷静に考えたら見るべきポイントは過去に失ったお金ではなくて、その時点で残っている資産額と残りの人生で必要になるコストだけでよいはず。「損切り」の不合理で引用した通り、
投資判断てのは常に、未来に向かってすべきものだ。それ以外にあり得るわけがない。
のです。
株が下がった、資産が減ったというのは過去の情報でしかないため、その恐怖に煽られて今まで継続してきた資産運用の方針を見直すなんてことは、長期投資家が最もやってはいけないことだと思います。

怖いから、不安だから○○するという行動パターンは、合理的でないことがよくあります。これが人間の脳に宿る不思議な習性の一つであることを、主にこの本から学びました。
『リスクにあなたは騙される―「恐怖」を操る論理』

恐怖を感じるなというのは生理現象を我慢しろと言っているようなもので、そもそも無理なことですから、恐怖は大いに感じていいのです。ただ、直感的に恐怖や不安を感じた時は、感情のままに動くのではなく、システム・ツーを起動してシステム・ワンの衝動をコントロールしなければなりません。感情と行動を直結しないことが重要です。

私はこのようにして恐怖や不安という感情と上手く付き合っているつもりです。リーマン・ショックというワクチンを注射されたときは痛かったけど、そのおかげで強力な免疫ができたので、今後の暴落で感じる恐怖も和らぐことでしょう。

それでも不安とうまく付き合えない人が少しは気が楽になる考え方としては、成為さんのように
いざとなれば働けば良い話です。
というオプションを留保するのもアリでしょう。
当ブログにおける早期リタイアの趣旨は人生後半の貴重な時間の切り売りをやめるということなので、そのオプションの選択は本当に最終手段となります。その前に、期待される人生の残り時間に対して資産が足りないことが予測できた時点で、まずは生活コストをカットすればいいと考えています。ただでさえ節約生活なのにこれ以上は下げられない? それが頭が硬い人の思い込みに過ぎないことを、私はこの本から学びました。
『Bライフ―10万円で家を建てて生活する』 高村 友也 (著)
日本製の超高級家屋に住んでいる人が何を言っているんだと笑われてしまいます。

小屋暮らしがダメなら外こもりもあります。地方や海外へ移住したっていいでしょう。
頭は柔らかく、背負う荷物は少なく、気楽にいきましょう。

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2014年02月01日

リタイアした人の投資法

「年金の奴隷」から解放されることで、老後の不安をなくす - 内藤忍の公式ブログより:
年金生活を前提にすると、年金の支給額によって自分の老後の生活が縛られることになります。支給が減れば、生活は苦しくなり、インフレになっても、実質的に年金支給額が減るのと同じことが起こります。

国から支給されるお金に縛られながら、ずっと不安なまま大切な人生の最後の時間を過ごす。そんな、悲しい展開から脱却するためには、自らの力で、「年金の奴隷」から解放されるようにすることです。
賛成です。
特に年金支給開始まで20年以上待たねばならない40代以下の世代にとって、現行制度のような大盤振る舞いの年金収入を計算に入れることは、できるだけ避けたほうがよいと思います。

やや挑発的ですが「年金の奴隷」という言葉が、国の制度に依存するリスクをうまく表現できています。

しかし、良記事の期待が高まったのも束の間、その後の展開がぶっ飛んでます。
リタイアした人は、値上がりを目的とした投資ではなく、継続的なインカム収入を目的とした投資をしなければならないのです。
えぇっ?
継続的なインカム収入を目的とした投資をしなければならない!? 
まったくそんなことは無く、値上がり目的の投資をしても、あるいは投資自体をしなくても一向に構わないと思うのですが。
残念ながらこの記事にその理由は書かれていません。続きはセミナーで、ってことなんでしょうけど…。

リタイアするまでに、複数の不動産を保有しておく。これが「年金の奴隷」から解放されるための方法だと思います。
えぇっ?
現物の不動産に集中投資ですか!?
ますますあり得ません…。

以前内藤氏の本『預金じゃイヤだけど投資はコワい ボクの“負けない”人生戦略』 内藤 忍 (著)を読んだ時点での彼のイメージからすると、最近になって唐突にワイン投資や不動産投資の話が出てきたように見えるので、かなり頭が混乱しますね。

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2013年12月31日

2013年末の資産残高推移

昨年のはこちら。
2012年末までの資産残高推移

年末時点の資産残高を集計してみたところ、この1年で+31.5%という結果が出ました。
この数字は残高集計を始めた2005年から(現役時代2年半を含む)9年間で最大の伸び率です。世界的に株高の年だったこともありますが、円安によって大きくプラスの影響を受けました。ちなみに現時点で外貨建て資産が82.5%を占めるポートフォリオを保有しています。

年間支出の方は昨年より微減、ほぼ横ばいという結果になりました。

リタイアした年である2007年からのデータを並べてみましょう。
2007年: +6.8%
2008年: -37.4%
2009年: +17.3%
2010年: -4.7% 年齢+ACR=77
2011年: -13.7% 年齢+ACR=76
2012年: +19.2% 年齢+ACR=89
2013年: +31.5% 年齢+ACR=106

さすがに106歳まで生きるつもりはないので、リタイア当初に平然と言い放った
今後50年以上無収入で生活しても資産が余ることが計算できた
早期リタイアした理由より)
という言葉にもようやく現実味が戻ってきた感じがします。まあこの先、再び2008年のような年が来ればまた冷や汗をかくことになるかもしれませんけど…。

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2013年12月14日

国民年金免除の損得 再考

一日不作一日不食さんの巡回先リンクを眺めていると、こんな記事が目に止まりました。
年金免除の損得|おひとりさまと一匹
以下の文章は投資一般の
★投資信託の分配金で暮らしている人24★ より
ちなみに国民年金の免除申請はちゃんとしよう。
国民年金の全額免除を受けると1円も払ってないのに
9万円積み立てていることにしてくれて、
国民年金の加入期間として計算されるし、
年金もそれなりにもらえる。

支払猶予申請にしてしまうと
加入期間としては計算してくれるけど、積立額は0円。
支払猶予申請もせずに勝手に未払いにしてしまうと
加入期間さえ増えない。

投資家のみなさんなら
18万円はらって18万円積み立ててもらうのと
1円も払わずに9万円積み立ててもらうの
どっちがお得か分かりますよね。

こんなことは当たり前、と言われそうですが・・・(/ω\)
当たり前と言いたいところですが、ちょっと金額が違うのではないでしょうか?
現在の国民年金保険料年額約18万円というのは加入者負担分ですから、国庫負担分を合わせると約36万円が算入されているはずです。
正しく言い直せば、
「18万円払って36万円積み立ててもらうのと
1円も払わずに18万円積み立ててもらうのと
どっちがお得か分かりますよね。」
(よく見たらretire2kさんが既にコメント欄で同じ指摘をしてましたね…)
まあ賦課方式なんで「積み立ててもらう」という表現もちょっとおかしいんですけど、こういう具体的な数字を眺めて見れば免除制度ってやっぱり美味しく見えますね。

ちなみにもっと美味しいのが第3号被保険者で、所得条件さえ満たせば
「1円も払わずに36万円積み立ててもらう」
ことができます。ここまで来ると特権階級ですね。

たまたまお金を持っている人が免除制度を利用していると知るや、嬉々としてバッシングする人たちがいますけど、では彼らは第3号被保険者を2倍バッシングしているかというと、ぜんぜんそんな風には見えないのが不思議でしょうがないです。

以前にも書いたと思いますが
私はまだ国民年金を払っています。
損得で考えると免除してもらった方がいいのはわかっていましたが
実は「どっちが得か」という点では、差分の18万円/年のリターン次第であり、期待値上は微妙です。(関連記事:国民年金免除の損得
平均寿命よりも数年長生きするだけで得になる可能性も十分ありえるので、免除のほうが絶対に得だとは言えません。

ポイントは、自分が一定の年齢以上長生きする事象が発生するほうに、毎年18万円のお金を賭けるかどうかを(多くの人が強制参加させられている中で)自らの意思で選べること、ここが免除制度の旨みではないかと。長生きする自信がある人が免除制度を利用せずに年金を全額支払う行為は、株式市場が長期的に成長を続けるほうに毎年一定金額を賭ける積み立て投資と本質的には同じことだと思います。信用する相手が一国の政府なのか、市場なのかという違いはありますが…。

免除申請というものは
よっぽど生活に困ってからするものなのだと思っていました。
これもよくある思い込みというか勘違いだと思います。より条件の厳しい生活保護制度と混同しているのではないでしょうか。

国民年金法第90条には、「次の各号のいずれかに該当する被保険者」の第一号に
一  前年の所得が、その者の扶養親族等の有無及び数に応じて、政令で定める額以下であるとき。
と書いてあります。ここに書いてあるのは「所得」のみで、「生活に困って」いるかどうかは問題にしていません。

安定した収入が無くなった以上
自分の損得を一番に考えてしまうのはしょうがないような・・・(^^ゞ
まあ加入期間は足りているし
やっぱり来年から免除申請することにしよう。( ̄∀ ̄)
なぜか罪悪感を持たれているようですけど、誰でも自分の損得が一番なのは当たり前なので、払うのは損だと思うのなら堂々と権利を行使すれば良いと思いますよ。

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2013年12月08日

「金利で生活すればお金は減らない」という錯覚

Kotaroさんのブログより。
確かに、金利の一部だけを消費して生活できたら、元本は減らない。でも元本はいつ使うの?とわたしは思ってしまう。死んだ時に元本を丸々使わずに残ってしまう。こちらのほうがもったいないし残念だと思う。イチゴケーキを買ったのにイチゴを食べずに死んでしまうようなもの。
同感です。

さらに言えば、こういう文脈で出てくる「元本は減らない」というのは、単に元本の額面が減らないという意味で使われていて、肝心の購買力がどう変化するかをまったく考慮していないことが非常に多いと思います。額面金額は維持できていても、インフレで購買力が低下してしまえばその分だけお金が減っていることになるんですけどね。
関連記事:
タイトルは節約術の本にも見えますが、中身は違っていました。アマゾンの辛口レビューに共感します。 FP…
koutou-yumin.seesaa.net


要するに、「金利だけで生活すれば元本が減らないので安心」というのはただの錯覚に過ぎません。行動経済学では心の会計と呼ばれる、人間の脳に宿る不思議な習性の一つです。山崎元さんも次のように解説しています。
本稿が掲載される予定日は9月25日だ。何は、ともあれ、「今なら間に合う」重要情報をお伝えしよう。金融機関が口座獲得のキャンペーンを行っているNISA(「ニーサ」。少額投資非課税制度)の口座開設の申し…
gendai.ismedia.jp
インカムゲインとキャピタルゲインを区別する考え方は古くからあるが、本来は、両者を合わせて損得を判断するのでなければならない。しかし、人間には、「メンタル・アカウンティング」(心の会計)と呼ばれる傾向性があり、本来なら色など付いていないはずの「お金」に対して、その収入の形態や、将来の使途などで、過剰な区別をする傾向がある。

毎月分配型投資信託の場合は、「分配金」で入ってくるお金に対して、「運用による利益だ」という好ましいイメージ、「(運用益だから)これを使うのは健全だ」という好都合なイメージを持ちやすく、部分的な解約による元本の取り崩しに対しては、「不健全だ」、「心配だ」というイメージを持ちやすい。
この記事は投信の分配金についてですが、預金の利息などでも基本的に同じことです。

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